京都府の市町村旗一覧

京都府の市町村旗一覧(きょうとふのしちょうきしょういちらん)は、京都府内の市町村に制定されている、あるいは制定されていた市町村旗の一覧である。なお、一覧の順序は全国地方公共団体コード順による。廃止された市町村章は廃止日から順に掲載している。

概要

市部

市旗制定有無制定日旗の色備考
京都市なし[1]地色は白色であり、紋章は中央の東の文字と御所車の唐草模様は金色・御所車は紫色が指定されている[1]
福知山市あり[1][4]1983年3月1日地色は紫色であり、紋章は金色か白色が指定されている[1][4]
舞鶴市なし[1]地色は白色であり、紋章は赤色が指定されている[1]2代目の市旗である
綾部市あり[1][2]1970年3月2日[1][2]地色は白色であり、紋章は赤染め抜きが指定されている[1][2]
宇治市あり[1][5]1977年10月1日[1][5]地色は緑色であり、紋章は白色が指定されている[1][5][6]
宮津市なし[1]地色は白色であり、紋章は赤色が指定されている[1]
亀岡市あり[1]1955年4月6日[1]地色は白色であり、紋章は臙脂色が指定されている[1]
城陽市あり1955年4月26日[7]地色はえんじ色であり、紋章は白色が指定されている城陽町旗として制定されていたものを市制施行後に継承される
向日市あり[1]1982年10月1日[1]地色は白色であり、紋章は赤色が指定されている[1]
長岡京市あり[1][8]1973年7月1日[1][8]地色は緑色であり、紋章は白色が指定されている[1][8]
八幡市あり[1]1964年10月1日[1]地色は青色であり、紋章は白色が指定されている[1]八幡町旗として制定されていたものを市制施行後に継承される
京田辺市なし地色は深緑色であり、紋章は白色が指定されている[9]
京丹後市あり[10]2004年4月1日[10]地色は白色であり、紋章は指定色が指定されている[10]
南丹市あり[3]2006年1月1日[3]地色は白色であり、紋章は指定色が指定されている[3]
木津川市なし地色は白色であり、紋章は水色が指定されている[11]

町村部

町村町村旗制定有無制定日旗の色備考
乙訓郡大山崎町なし地色は水色であり、紋章は白色が指定されている[12]
久世郡久御山町なし地色は水色であり、紋章は白色が指定されている[13]
綴喜郡井手町なし-
宇治田原町あり[14]1988年5月17日[14]地色は緑色であり、紋章は白色が指定されている[14]
相楽郡笠置町なし地色は深緑色であり、紋章は白色が指定されている[15]
和束町あり[16]1981年12月28日[16]地色は濃緑色であり、紋章は白色が指定されている[16][17]
精華町なし-
南山城村なし地色は藍色であり、紋章は白色が指定されている[18]
船井郡京丹波町あり[19]2005年10月11日[19]地色は白色であり、紋章は指定色が指定されている[19]
与謝郡伊根町なし地色は白色であり、紋章は赤色が指定されている[20]
与謝野町あり[21]2006年3月1日[21]地色は白色であり、紋章は指定色が指定されている[21]

廃止された市町村旗

市郡町村市町村旗制定有無制定日廃止日旗の色備考
舞鶴市なし1943年5月27日-初代の市旗である
東舞鶴市なし-
中郡峰山町なし2004年4月1日-
大宮町なし-
竹野郡網野町なし-
丹後町なし-
弥栄町なし-
熊野郡久美浜町あり[22]1987年1月5日[22]地色は白色であり、紋章は赤色が指定されている[22]
北桑田郡京北町なし2005年4月1日地色は深緑色であり、紋章は白色が指定されている[23]
船井郡丹波町なし2005年10月1日-
和知町なし-
瑞穂町なし地色は深緑色であり、紋章は白色が指定されている[24]
天田郡三和町なし2006年1月1日地色は白色であり、紋章は藍色が指定されている[25]
夜久野町なし地色は緑色であり、紋章は赤色・縁部分は白色が指定されている[25]
加佐郡大江町あり[26]1952年3月31日[26]地色は緑色であり、紋章は白色が指定されている[26]
北桑田郡美山町なし-
船井郡園部町なし-
八木町なし-
日吉町なし-
与謝郡加悦町なし2006年3月1日-
岩滝町なし-
野田川町なし-
相楽郡木津町なし2007年3月12日地色は臙脂色であり、紋章は白色が指定されている[11]
山城町なし地色は緑色であり、紋章は白色が指定されている[11]
加茂町なし地色は臙脂色であり、紋章は白色が指定されている[11][27]

参考文献

  • 中川幸也『シリーズ人間とシンボル第2号「都市の旗と紋章」』中川ケミカル、1987年10月11日。
  • NHK情報ネットワーク『NHKふるさとデータブック6 [近畿]』日本放送協会、1992年5月1日。

脚注

関連項目

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