1967年の広島カープ

1967年の広島カープでは、1967年の広島カープの動向についてまとめる。

1967年の広島カープ
成績
セントラル・リーグ6位
47勝83敗8分 勝率.362[1]
本拠地
都市 広島県広島市
球場 広島市民球場
球団組織
監督 長谷川良平
« 1966
1968 »

この年の広島カープは、長谷川良平監督の3年目(途中就任の1965年含む)のシーズンである。

概要

前年の1966年は終盤で10連敗しながらもなんとか順位を1つ上げて4位となったが、この年はAクラス入りが期待された。4月はまずまずの滑り出しも鯉のぼりの季節を過ぎると負けが込んで一気に最下位に転落。8月以降は最下位が確定し優勝の巨人に37ゲームを、2位の中日に25ゲーム差を付けられた。結局1963年以来4年ぶりの最下位となり、そのままシーズンを終えた。投手陣では大石清との「大石トレード」で阪急からやってきた大石弥太郎が10勝をあげて投手陣の柱となり、白石静生もそれなりの成績を収めるなど奮闘した。打撃陣では興津立雄大和田明古葉竹識などが奮闘したが好不調の波が激しく、Bクラス脱出はならなかった。在任3年間でAクラス入りできず、長谷川監督はこの年限りで辞任。新監督には根本陸夫ヘッドコーチが昇格した。シーズン終了後、球団の大株主が東洋工業及び松田家に一本化されて「広島東洋カープ」に改称。東洋工業の松田恒次社長がオーナーに、恒次の長男で副社長の松田耕平がオーナー代行に就任。東洋工業(及び松田家)への資本一本化により、チームは大物選手のトレードやドラフトでの獲得など資金にゆとりができ、オフには阪神山内一弘を無償トレードで獲得した。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 大和田明
2 古葉竹識
3 山本一義
4 興津立雄
5 宮川孝雄
6 阿南準郎
7 井上修
8 田中尊
9 安仁屋宗八
1967年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 阪神 阪神6.5 中日6.0 中日6.5 中日17.0 中日15.0 中日12.0
3位 大洋1.0 中日7.5 阪神8.0 阪神10.0 阪神17.5 阪神15.5 阪神14.0
4位 中日2.5 サンケイ10.0 サンケイ13.0 サンケイ13.0 大洋22.5 大洋23.0 大洋25.0
5位 広島3.5 大洋13.5 大洋16.0 大洋17.0 サンケイ24.0 サンケイ26.0 サンケイ26.0
6位 サンケイ8.0 広島16.5 広島17.0 広島19.5 広島30.0 広島34.5 広島37.0
1967年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
優勝読売ジャイアンツ84464 .646---
2位中日ドラゴンズ72584 .55412.0
3位阪神タイガース70606 .53814.0
4位大洋ホエールズ59715 .45425.0
5位サンケイアトムズ58725 .44626.0
6位広島カープ47838 .36237.0

[1]

できごと

選手・スタッフ

オールスターゲーム1967

ファン投票 選出なし
監督推薦 大石弥太郎 山本一義

表彰選手

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし

ドラフト

順位選手名守備位置所属結果
1位 井上弘昭外野手電電近畿入団
2位 植村秀明投手奈良・郡山高入団
3位 河井昭司内野手広陵高入団
4位 岩崎良夫内野手立正佼成会入団
5位 坂井大志投手戸手商業高拒否・明治大学進学
6位 外山義明投手クラレ岡山拒否
7位 吉田茂投手浜松商業高拒否・河合楽器入社
8位 有田哲三投手宇部商業高翌年シーズン中に入団
9位 山根政明投手岡山・勝山高拒否・大昭和製紙入社
10位 片岡一美捕手関西高入団

脚注

出典

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