酒井学 (競馬)

酒井 学(さかい まなぶ、1980年2月4日 - )は、JRA栗東トレーニングセンター所属の騎手

酒井学
2011年名古屋グランプリ表彰式
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 新潟県新潟市
生年月日 (1980-02-04) 1980年2月4日(43歳)
身長 154cm
体重 48kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 栗東・二分久男(1998.3.1 - 2001.2.28)
栗東・フリー(2001.3.1 -)
栗東・西園正都( - 2007.1.20)
栗東・フリー(2007.1.21 - 2013.6.20)[1]
栗東・西園正都(2013.6.21 - 2014.6.30)[2]
栗東・フリー(2014.7.1 -)[3]
初免許年 1998年
免許区分 平地[4]

経歴

父親が公営新潟競馬で厩務員をしていたことから幼少時から競馬が身近な環境であった。また、実兄は公営・川崎八木仁厩舎所属の酒井忍である。

競馬学校卒業(第14期生)を経て、1998年に騎手免許を取得。同期に池添謙一太宰啓介白浜雄造などがいる。同年3月1日の中京1Rにショウワヒカルに騎乗しデビュー、4着という結果であった。同年3月8日中京12Rのマチカネヒガノボルに騎乗、初勝利を挙げる[4]。デビュー当初は平地・障害両免許を取得していたが、後に騎乗機会ゼロのまま障害免許を返上している。

2001年10月20日カブトヤマ記念を最軽量48kgタフネススターで勝利し初の重賞タイトルを獲得。なお負担斤量50kg未満の馬の重賞制覇は1991年ダイヤモンドステークスのノースシャトル(49kg)以来、48kgは1976年ステイヤーズステークスのホッカイノーブル以来の記録である。

所属先の二分久男厩舎の解散を機に成績が急落して収入が激減し生活苦に陥る。本人は後に「あまりの生活苦で、手持ちのCDを中古CDショップに売りに行った」「家賃が3割ほど安い家に引っ越そうとアパマンショップに申し込みに行った」「後日思い直して「契約しません」と言いに行った際、発生した違約金2000円すら払えなかった」「ジョッキー仲間の高田潤から金を借りた」などと当時を振り返っている[5][6]。特に2006年は年末まであと2週の時点で勝利がなく初の年間0勝が迫る中、12月16日にようやく1勝を挙げることができたが、それがニホンピロ・レーシングの馬(ニホンピロコナユキ)だったことが契機となり、同オーナーの小林百太郎との関係ができ、現在ではニホンピロ・レーシングの主戦騎手を務めるまでになっている。

2009年8月2日に通算100勝を達成。その2週間後となる8月16日北九州記念サンダルフォンで制覇し、8年ぶり2度目の重賞勝利を記録した。

2010年8月1日小倉記念をニホンピロレガーロで制覇。また、中央開催最終日の2010アンコールステークスを勝ち、九州競馬記者クラブ「小倉ターフ賞」を受賞した。

また、2011年の中央開催最終日の2011アンコールステークスも、サンダルフォンで連覇。2010年の同レース、2009年の尾張ステークスに続き、中央開催最終日の第三場最終競走3連覇を果たした。

2012年12月2日ジャパンカップダートニホンピロアワーズで勝利し、JRA・G1初制覇を飾った。

2014年10月26日菊花賞トーホウジャッカルで勝利し、クラシック八大競走初制覇を飾った。

人物

前述した最軽量の48キロで乗れる数少ない中堅騎手である。体重は JRA の公式プロフィールでは48kgとされているものの、実際にはもっと軽い46kgしかないとのことで、騎乗時には負担重量に合わせて4種類の鞍を使い分けている。中でも最も重い鞍は12kgもあるという[7]

レースの前後に、騎乗馬をよく撫でる騎手として知られる。馬を撫でること自体はどの騎手もしていることなのだが、酒井は他の騎手よりも高頻度かつ笑顔で撫でており、その様子をしばしばパドックやレースの中継カメラが捉えているため、酒井の特徴として競馬ファンから認知されている。

酒井は「可愛がっているように見えるかもしれないが、馬の気持ちを落ち着かせるためにやっている」そうで、また新馬や初騎乗の馬は「触られたら嫌なところが無いかの確認(としてしている)」と語っている[8]

Mr.Childrenのファンである[9][10]

主な騎乗馬

騎乗成績

  • JRA公式[4]およびnetkeiba[11]より
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
1998年252325335.075.143.218
1999年131418269.048.100.167
2000年141119258.054.097.171
2001年71115221.032.081.149
2002年5310135.037.059.133
2003年347145.021.048.097
2004年3610125.024.072.152
2005年34683.036.084.157
2006年12483.012.036.084
2007年8711138.058.109.188
2008年111012217.051.097.152
2009年121312254.047.098.146
2010年252822437.057.121.172
2011年363640604.060.119.185
2012年213526501.042.112.164
2013年253229662.038.086.130
2014年293442661.044.095.159
2015年212730589.036.081.132
2016年142630519.027.077.135
2017年192929527.036.091.146
2018年282342612.046.083.152
2019年172223483.035.081.128
中央3404024647880.043.094.153
地方142423165.085.230.370
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1998年3月1日1回中京2日1R4歳未勝利ショウワヒカル14頭64着
初勝利1998年3月8日1回中京4日12R5歳上500万円下マチカネヒガノボル16頭21着
重賞初騎乗1998年4月18日2回中京7日11R小倉大賞典タヤススリーセブン16頭1510着
重賞初勝利2001年10月20日3回新潟7日11Rカブトヤマ記念タフネススター13頭51着
GI初騎乗2001年3月25日1回中京8日11R高松宮記念ビーチフラッグ18頭1811着
GI初勝利2012年12月2日5回阪神2日11RJCダートニホンピロアワーズ16頭61着

脚注

  1. JRA騎手名鑑/酒井学”. JRA. 2020年5月25日閲覧。
  2. 競馬最強の法則』(KKベストセラーズ)2010年10月号・pp.63 - 68
  3. 【特別企画】酒井学騎手の『私の恩人』(2)―30歳を超えてから大成したジョッキーもいる
  4. 東京スポーツ・2011年7月10日付 15面
  5. 【酒井学騎手】レッドジェニアルと自身3度目の日本ダービーへ「結果がついてくるような競馬を」”. netkeiba.com. 2022年1月8日閲覧。
  6. 『優駿』2013年2月号、72頁。
  7. 好きな歌手は?”. 日本中央競馬会. 2022年1月8日閲覧。
  8. 酒井学 重賞出走レース”. netkeiba. 2020年5月25日閲覧。

関連項目

外部リンク

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