五千頭の龍が昇る聖天宮
五千頭の龍が昇る聖天宮(ごせんとうのりゅうがのぼるせいてんきゅう)は、日本の埼玉県坂戸市にある、台湾系道教の宮である。敷地は約2万6000平方メートルで、中庭を囲んで本殿、前殿、鐘楼などが配され、道教建築として日本国内最大である[1]。台湾人貿易商の康國典(こうこくてん)により、難病治癒の記念として建立され、1995年[2]に開宮した。略称・通称は「聖天宮」[3]。
概要
聖天宮は、道教の最高神である三清道祖(元始天尊、道徳天尊、霊寶天尊)と道教の神々を祀っている。道教は中華圏では三教の一つ(他は儒教と仏教)であり、日本国内における道教の宮は、歴史的に華僑が多い長崎市や神奈川県横浜市などに見られるが、埼玉県では珍しい[2]。聖天宮の敷地は約7,000坪ほどあり[4]、関帝廟や媽祖廟などの日本にある道教の施設の中では最大級の規模である。
聖天宮建立の由緒について、境内の案内には次のようにある[5]。
聖天宮は「康國典大法師」が建立されました。大法師は若くして大病を患いましたが、「三清道祖」に祈願し、7年の闘病生活を経て病が完治されました。大法師は感謝の気持ちを抱き、他の多くの人にも「三清道祖」にすがれる様にお宮を建てることにした。建立地を探していたところ、坂戸のこの地にとお告げがありました。
『東上沿線新聞』などの取材によると、1920年代に台湾の新北市の板橋に生まれた康國典は中国大陸でのビジネスで財を成した。40代半ばに大病にかかったが、三清道祖を祀る台北市の指南宮での願掛けにより完治したことから、神様へのお礼のための宮を建てようと思ったという。台湾ではご利益があった際には感謝の気持ちを示すため、廟(小規模な道教の施設)を建てる風習があるが(中国語版Wikipedia記事の「還願」を参照)、生家などに設けるのが普通で、海外にこのような大きな施設を建てるのは珍しい[6]という。
現在康國典法師は亡くなり、子息の康嘉文法師が聖天宮を管理している[4]。また近年、聖天宮は正式名称を「五千頭の龍が昇る聖天宮」へと改めた。
見学・参拝
聖天宮では、一般客の見学・参拝を受け入れている。境内では神椑(ポエ)を使ったポエ占いや、35センチメートルと長い線香[3]を使った祈願、寿金(神紙)の焚き上げなど、道教式の参拝を体験できる。聖天宮では道教の様式に沿って参拝することを推奨しており[7]、希望すれば常駐する説明員から、道教式の参拝作法について説明を受けることができる。日本の一般的な神社仏閣の参拝との違いには、次のようなものがある。
- 願掛の際には正座して[3]、住所・生年月日・氏名の自己紹介に始まり、願い事を具体的に[3]事細かく伝える。線香が長いのは、願掛けの途中で火が消えないためである[3]。
- 供物を受け付けているが、台湾での習慣に従って参拝後に持ち帰り、食べることによってご利益があるとされる[1]。
- おみくじは台湾流で、半月形の木板「シンプエー」2枚を床に投げ、表裏で異なる陰・陽が対にならないと、おみくじを見ることができない(陰・陰は「引き直し」、陽・陽は「許可待ち」)[3][1]。引き終わった後は台湾では持ち帰るものとされるが、聖天宮では境内の柱に結びつけても良い。
- 御朱印は無い(参拝記念のスタンプがある)。
一方、個人的な理由で建てられた宮であり、また宣教・布教を目的にしているわけではない[4]として、道教の布教活動等は行っておらず、檀家もないという[8]。
聖天宮の来訪者のほとんどは、珍しい道教の建築物を見たり参拝を体験したりするために訪れる日本人で占められている[6]。聖天宮では台湾出身者たちの拠り所になることは目指していない。近辺には台湾系の店やの台湾人コミュニティもない[3]。また、管理人の法師曰く、台湾から日本に来たのなら日本の観光地に行くだろうとのことである[9]。境内には中国語の案内は無く、公式ウェブサイトも日本語のみである。
境内には飲食店はないが自動販売機があり[1]、タピオカミルクティーや豆漿、皮蛋、鳳梨酥などの台湾の軽飲食類と、お守りなどが販売されている。
建築
聖天宮は道教建築・台湾建築としては日本で最も規模が大きいものの一つである。聖天宮の建物は台湾にて着想・設計され、装飾品や調度品の多くは台湾で製造し、建材とともに海運。台湾から、日本の宮大工に相当する職人を呼び寄せ、15年の歳月を費やして建造された[3][1]。現在も修繕作業には台湾から宮大工を呼んでいるという[6]。ある台湾人記者は聖天宮を見て、「どの観点から見ても台湾の廟であり、日本建築らしさは少しも見られず、台湾のどこかの廟を移築したように感じられる」と記した[10]。
聖天宮は後述する燕尾脊や藻井といった建築様式から、剪粘や龍柱といった装飾品まで、台湾の寺廟では一般的に見られるものだが、日本においてははほとんど見ることのできない稀少なものばかりである。
- 燕尾脊
- 燕尾脊とは、建築物の主稜線がやや上向きに湾曲し、両端が盛り上がってフォーク状になった、燕の尾のような形状の曲線を言う。燕尾脊は閩南、台湾、ベトナムなどの建築物に見られる。国内では長崎孔子廟、新宿御苑の台湾閣など。聖天宮では天門、全殿、本殿のいずれにも燕尾脊が見られる。
- 屋根飾り
- 黄色い瓦の屋根には数々の装飾が施されている。龍が多く、鳳凰や麒麟の彫像もある[1]。これら屋根飾りは中国南部に発祥し、台湾やベトナムなど周辺地域に伝わる剪粘という伝統技術によって作られている。剪粘では鉄線などを芯に形作った石膏に、色鮮やかな陶片やガラス片を接着・象嵌して作られる。その細工は絵画の色彩と彫刻の立体感を兼ね備え、長年の風雨や潮風に晒されても色褪せることはない。聖天宮の屋根飾りはほとんどが剪粘によるものだが、一部に交趾焼(嘉義焼)など、他の手法によるものも見られる。
- 石細工
- 聖天宮では、台湾新北市の観音山の観音石からなる石材が壁や柱、石獅子などにふんだんに使われ、そのいずれにも緻密な透かし彫りが施されている。その極地の一つが龍柱であり、高さ5メートルにもなる一塊の石材から柱が切り出され、三層にわたる深い透かし彫りがされている。聖天宮には計8本の龍柱があり、いずれもデザインが異なる。多数の龍をあしらったもの、龍と鳳凰を配したもの、滝登りをする鯉、梅や牡丹などの吉祥物を彫ったものなどである。
- 組物
- 組物とは中国由来の伝統的な木造建築において、屋根を支えるために柱頭に設ける部材の一群であり、寺社建築の見どころともされている。聖天宮では随所に日本では見られない木組みを見ることができる。一例として綱目組物zh:斗栱#網目斗拱 があり、聖天宮の天門、前殿の天井は網目組物によって構成されている。網目組物とは、毎組の組物を45度傾けて組み上げたもので、網の如く綿密で、見目鮮やかで制震効果を持つ。台湾の寺廟では艋舺龍山寺、南鯤鯓代天府などに見られる[11]。
- 藻井
- 聖天宮の組物において最大の見どころはドーム天井(藻井)である。藻井とは古代中国建築で屋根として使われていた木造の装飾建築物であり、宮殿の玉座や神殿の祭壇の上に建てられるドーム状の構造物である。起源は洞窟時代の住居の構造とされ、後代に中国文化圏の宗教建築に見られるようになった。日本には伝来していない。藻井は宗教建築において、もっとも技術を要する場所の一つである[12]。聖天宮には前殿と本殿で二つの藻井があり、前殿の八角形の藻井では八卦を、本殿の螺旋の藻井では太極を表現しているという。前殿の藻井では、一万点以上の部品に金箔による彩色を施し、釘を使わずに組み上げられているという。
聖天宮の主な施設は、本殿、前殿、天門、鼓楼、鐘楼、客庁、行事場、中庭、前庭、寿金亭、外苑・休憩所がある。
バリアフリーにも配慮され、回廊横に車いす用の出入り口があるほか、障がい者トイレ、トイレ内ベビーチェア・ベビーベット等が用意されている。
主な祭神
三清道祖(元始天尊、道徳天尊、霊寶天尊)、南斗星君、北斗星君、四聖大元帥他多数。台湾の道教の施設は道教の神と一緒に観音菩薩も祀られるなど仏教の要素と習合しているところが多いが、聖天宮は道教の神だけを奉っている。
年間祭事
祭事の日には、線香での参拝や寿金(神紙)の焚きあげがあり一般客も参加できる(ただし直近ではコロナのため内祭となることもある)。聖天宮には門前町がないため、中華街で見られるようなパレードは無い。
- 元始天尊生誕日 - 1月1日 (旧暦)
- 道徳天尊生誕日 - 2月15日 (旧暦)
- 霊賽天尊生誕日 - 8月15日 (旧暦)
- 端午節 - 5月5日 (旧暦)
- 慰霊祭 開鬼門 - 7月1日 (旧暦)
- 慰霊祭 閑鬼門 - 旧暦7月末日
イベント
聖天宮では毎週土曜日、朝7時半から8時、天門広場にて有志による早朝太極拳が開催される。参加自由。雨天中止。
その他、不定期に開催されるイベントや過去に開催されたイベントには下記のようなものがある[13]。
ロケーション撮影
聖天宮はその独特な景観から、ロケーション撮影のスポットとしてテレビドラマやミュージック・ビデオ、コスプレイヤーなどの撮影場所に利用されている。なお、聖天宮では境内の撮影について、「個人観賞の範囲を超える撮影や取材を行う場合は必ず許可が必要」としている。以下は聖天宮で撮影された作品の一部[15]。
テレビドラマ
ミュージック・ビデオ
- 西川貴教 / Crescent Cutlass
- a flood of circle / KIDS
- Czecho No Republic / Oh Yeah!!!!!!!
- TrySail / Sunset カンフー
- Do As Infinity / 化身の獣
- luz / FANATIC
- EXILE ATSUSHI / 我願意
- GRANRODEO / move on! イバラミチ
等
コスプレ
聖天宮はコスプレイヤー向けの写真撮影場所としても人気がある。2007年頃からコスプレの来訪者が目立つようになり、2012年のコスプレでの来場者はのべ約500人にのぼった。聖天宮を建立した康法師は生前、「多くの日本人に台湾の文化に触れてほしい」として、コスプレ撮影に快く応じてきたという[8]。境内での撮影には、寝転び撮影禁止といった一般的な注意に加え、宗教施設であるため露出度の高い服装や、キョンシーなどのアンデッド系の動き・服装は禁止といった独自のルールがある。予約が必要[16]。聖天宮は、ルールを守ってもらえれば「道教の教えは来る者拒まず」という理由でコスプレ撮影を受け入れていると説明している[2]。
台湾では、日本にある台湾の宗教施設がコスプレの名所になっていることが珍しがられ、ネットニュースで報じられた[17][18][19]。
ギャラリー
- 全景
- 石獅子
- 模型
- 寿金亭(じゅきんてい)
- 前殿内の聖籤(シンシャム)
- 天公炉と前殿
- 中庭と本殿
- 回廊
- 九龍網(きゅうりゅうもう)
- 駐車場入口
交通アクセス等
運営及び所在地等
- 運営:宗教法人 聖天宮
- 所在地:埼玉県坂戸市塚越51-1
- 拝観時間:10 - 16時 年中無休
- 拝観料:高校生以上500円[3](各種割引有)、中学生250円、小学生以下無料
- 障がい者250円(写真付き手帳提示)、障がい者付き添い250円(1名まで)
参考文献
- 五千頭の龍が昇る聖天宮 公式発行物
脚注
- 【ぐるっと東日本 旅するみつける】埼玉・坂戸 道教寺院:台湾気分「龍昇る聖天宮」建築15年の最大級規模『毎日新聞』朝刊2022年11月1日(首都圏面)2022年11月5日閲覧
- 【おもてなし魅せどころ】五千頭の龍が昇る聖天宮(埼玉県坂戸市)拝観もコスプレ撮影も体験『日経MJ』2022年8月15日(観光・インバウンド面)
- 【いいね!探訪記】聖天宮(埼玉県坂戸市)台湾流5千の竜 昇る運気『朝日新聞』夕刊2022年10月29日3面(2022年11月5日閲覧)
- “日本最大級の道教のお宮 聖天宮(坂戸市)台湾人・康大法師が神のお告げで建設”. 東上沿線新聞 (2014年). 2021年12月26日閲覧。
- “File:Sakado seitenkyu yuisyo.jpg”. WIKIMEDIA. 2021年12月23日閲覧。
- “お告げの地に導かれ”. NNA (2018年2月). 2021年12月26日閲覧。
- “参拝のご案内”. 宗教法人聖天宮. 2021年12月23日閲覧。
- 聖地巡礼<2>聖天宮 坂戸市『東京新聞』朝刊2013年1月3日(埼玉)
- “京都芸術大学通信教育課程芸術教養学科WEB卒業研究展 台湾からやってきた道教廟 聖天宮”. 京都芸術大学 (2019年3月). 2021年12月26日閲覧。
- “日本也有台灣廟宇 埼玉縣聖天宮”. 今日新聞. 2022年1月6日閲覧。
- “斗拱”. 全国宗教資訊網. 2021年12月23日閲覧。
- “藻井”. 全国宗教資訊網. 2021年12月23日閲覧。
- “イベント情報”. 宗教法人聖天宮. 2021年12月23日閲覧。
- “埼玉レポート「たまレポっ!」第10回 哈日哈台!甘くて美味しい日台友好!”. 埼玉LABO. 2021年12月23日閲覧。
- “ロケ地情報”. 宗教法人聖天宮. 2021年12月23日閲覧。
- “コスプレのご案内”. 宗教法人聖天宮. 2021年12月23日閲覧。
- “日本的台灣廟《COSPLAY聖地聖天宮》他們不是奇裝異服的進香團……”. 宅宅新聞. 2021年12月23日閲覧。
- “《日本最大台灣廟》在日本國內環遊世界的首選景點 也是COSPLAY熱門外拍聖地 ……”. 宅宅新聞. 2021年12月23日閲覧。
- “日本唯一台灣廟長這樣!參拜時還會遇到...”. 中時新聞網. 2021年12月23日閲覧。