泥江町
泥江町(ひじえちょう)は、かつて愛知県名古屋市中村区に存在した地名である。
泥江町 | |
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泥江町 泥江町の位置 泥江町 泥江町 (名古屋市) | |
北緯35度10分13.84秒 東経136度53分14.43秒 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市 | 名古屋市 |
区 | 中村区 |
町名制定 | 1889年(明治22年)7月1日[1] |
町名廃止 | 1977年(昭和52年)10月23日[1] |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
市外局番 | 052[2] |
ナンバープレート | 名古屋 |
位置は国土地理院1万分の1『名古屋西北部』(1955年)による |
町の範囲
中村区名駅四丁目北東角に「泥江町」という交差点がある[3]。東西方向の愛知県道68号名古屋津島線(通称:桜通)と南北方向の名古屋市道江川線(通称:江川線)が交差する地点であるが、ここから南西方向へと斜めに名古屋市道泥江町線(通称:泥江町通)が伸びている[4]。この道路を中心に設定されていた町が泥江町であり、東は泥江町交差点から、西は名駅通との交差点付近までがその町域であった[5]。西側から順に1丁目・2丁目・3丁目が設置されていた[5]。
沿革
当地は元々愛知郡広井村に属する地域であったが、名古屋駅(1886年(明治19年)設置)へ通ずる駅前道路が1885年(明治18年)ごろに完成すると町ができた[7]。1889年(明治22年)7月1日、広井村の一部をもって「泥江町」が設置され、同時に設置された周辺の笹島町・北禰宜町とともに当時の名古屋区に属し、さらに同年10月1日の市制施行で名古屋市泥江町となった[8]。ただし泥江町の起立時期を1898年(明治31年)とする資料もある[6]。1908年(明治41年)4月1日の区制実施(4区制)では西区に属し、1944年(昭和19年)2月11日には中村区へと編入された[1]。
泥江町は名古屋駅の東、柳橋中央市場のある西柳町の北に立地することから通運会社・倉庫会社・トラック会社などが集まった[6]。1937年(昭和12年)に名古屋駅が北へ移転すると泥江町の道路は裏通りとなるが、戦後になると中経ビル(中部経済新聞社ビル=1962年(昭和37年)完成)をはじめオフィスビル建設が進んだ[6]。
1977年(昭和52年)10月23日、中村区名駅一丁目・三丁目・四丁目にそれぞれ編入され泥江町の町名は消滅した[1]。
交通
脚注
- 名古屋市計画局 1992, p. 767.
- 総務省総合通信基盤局電気通信事業部電気通信技術システム課番号企画室 (2014年4月3日). “市外局番の一覧” (PDF). 総務省. 2015年5月23日閲覧。
- ゼンリン 2018.
- 名古屋市緑政土木局路政部道路利活用課「名古屋市道路認定図」。2019年7月15日閲覧
- 住宅地図協会 1965.
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1129.
- 名古屋市役所 1916, pp. 265–266.
- 名古屋市計画局 1992, pp. 767–768.
- 今尾, p. 24.
- 「名古屋市都市計画基本図 大津橋(1958年(昭和33年)作図)」(PDF) - 名古屋市都市計画情報提供サービス
- 今尾, p. 57.
参考文献
- 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 7号(東海)、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790025-8。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
- 住宅地図協会『名古屋市全商工住宅案内図帳』 中村区、住宅地図協会、1965年。
- ゼンリン『ゼンリン住宅地図』 名古屋市中村区、ゼンリン、2018年11月。ISBN 978-4-432-46540-8。
- 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。全国書誌番号:93012879。
- 名古屋市役所『名古屋市史』 地理編、名古屋市役所、1916年。NDLJP:950897。