ナギ

ナギ(梛、学名: Nageia nagi)は、裸子植物マキ科ナギ属に分類される常緑高木の1種である。マキ属に分類されることも多かったが (Podocarpus nagi)、葉の形態や分子系統学的研究から別属とされるようになった。針葉樹の仲間であるが、は幅広く被子植物のように見える(図1)。種子は鱗片が発達した套皮で包まれて核果状になる。本州南部から台湾、中国南部に分布し、また世界各地の暖地で植栽されている[14]。日本ではしばしば神社に植栽され、特に熊野権現との関わりが深い。「ナギ」の名は、葉がコナギ(古名はナギ)の葉に似ていることに由来するとされる。

ナギ
1. ナギの葉
保全状況評価[1]
NEAR THREATENED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 裸子植物 gymnosperms
: マツ綱 Coniferopsida
: ヒノキ目 Cupressales[注 1]
: マキ科 Podocarpaceae
: ナギ属 Nageia
: ナギ N. nagi
学名
Nageia nagiThunb.Kuntze (1891)[6][7]
シノニム
和名
ナギ(梛、樀、南木)[8][9][10]、ナギノキ[11]、チカラシバ(力芝、弁慶の力柴)[12][11][8]、ベンケイナカセ(弁慶泣かせ)[12]、コゾウナカセ[13]
英名
Asian bayberry[14], kaphal[14]

特徴

常緑性高木であり、直立し、大きなものは高さ25メートル (m)、幹の直径は 1.5 m に達する[3][15][16][17](図2a)。が密生し円形の樹冠を形成する[13]樹皮は平滑で黒褐色から灰褐色、鱗片状に浅く剥がれてその跡は紅黄色になる[3][16][17][18][13](図2b)。は半円柱状、小枝は対生し、硬く無毛、扁圧されている[17]。葉は十字対生するが、葉柄がねじれて二列対生のように見える[3][15][16][17][13](図1, 2c)。葉身は卵形から長楕円状披針形、全縁、2–9 × 0.7–3 センチメートル (cm)、基部はくさび形、先端は切形、鈍形または鋭尖形[3][15][16][17][13](図1, 2c)。葉は厚く革質、無毛、中央脈はないが基部で二又分枝し先端で収束する細い平行脈が多数あり、表面は深緑色で光沢があり、裏面はやや白色を帯びる[3][15][16][17][13](図1, 2c)。葉は縦には容易に裂けるが、横にはなかなかちぎれない[13]根粒状の構造(窒素固定能は見つかってない)をもつ[19]

2a. 樹形
2b. 樹皮
2c. 葉と"雄花"

雌雄異株で"花期"は3–6月[3][17][13]。"雄花"(雄錐、花粉錐、小胞子嚢穂、雄性胞子嚢穂[20][21])は円柱状、長さ 0.5–2 cm、数個がまとまって前年枝の葉腋に束生する[3][17][13](図2c, d)。"雄しべ"(小胞子葉)には2個の"葯室"(花粉嚢、小胞子嚢、雄性胞子嚢)がある[3]。"雌花"(雌錐、種子錐、大胞子嚢穂、雌性胞子嚢穂[20][21])は前年枝の葉腋に単生し、有柄(長さ4.5–13ミリメートル (mm))、数個の鱗片と1個の倒生胚珠からなる[3][17][13]。種托[18]は肥厚せず、種子は鱗片が肉質化した套皮(とうひ)で包まれ、球形で直径 10–15 mm、粉白を帯び最初は緑色だが、8–11月に熟し、紫褐色になる[3][17][13][18](図2e)。種子本体の基部は尖り、頂端は丸みを帯び、表面には点状のくぼみが密にある[17]染色体数は 2n = 26 (29)[3][17]

2d. "雄花"
2e. 套皮で包まれた種子

分布・生態

日本の本州(式根島紀伊半島山口県など)、四国九州南西諸島台湾海南島朝鮮半島中国南部の暖帯から亜熱帯域に分布する[6][3][16][13][18]。ただし古くから植栽されているため自然分布域外にも見られ、伊豆[18]奈良県[18][22]、朝鮮半島[6]のものは、植栽されたものに由来するとされる。常緑広葉樹林に生育する[17]

ナギは葉、種子、根などにアレロパシー物質であるナギラクトン (nagilactone) をもつことが知られており、他の植物の発芽や生長を抑制する[23][22][24]

保全状況評価

国際自然保護連合 (IUCN) のレッドリストでは、ナギは準絶滅危惧に指定されている[1]

日本全体としては絶滅危惧等の指定はないが、愛媛県では情報不足、鹿児島県では分布特性上重要な種とされている[25]

山口県の「小郡町ナギ自生地北限地帯」、奈良県の「春日神社境内ナギ樹林」、和歌山県の「熊野速玉神社のナギ」(下図4a)、愛知県の「牛久保のナギ」(図3)は国の天然記念物に指定されている[3][26]。そのほかにも茨城県行方市、岐阜県養老町、和歌山県有田市、愛媛県伊予市、熊本県天草市など自治体が天然記念物等に指定している例も多い[12][27][28][29]

人間との関わり

文化

日本では、古くから神社に植栽されている[16](下図4)。春日大社のナギ林は日本の天然記念物に指定されており(上記参照)、大木は樹齢1,000年以上になるとも伝えられている[16]熊野権現においてナギは神木とされ、熊野神社ではナギを玉串とし、ナギの葉の上に供物をのせる[16][11][23][24]。『保元物語』には、信者がナギの葉をかざして熊野詣をすることが記されている[16]。神社の中には、ナギの代用木としてモチノキを植えている場合もある。

4b. 三柱神社(柳川市)の神木であるナギ

その名が(なぎ)に通じることから、葉が船のお守りとされた[16][11][24]。また男女間に波風が立たないように、あるいはナギの葉が切れにくいため縁が切れないように、女性が夫婦円満や縁結びのお守りとして鏡の裏にナギの葉を入れる風習があった[18][16][24]

ナギの葉を基にした家紋も多く、特に熊野信仰に関わる一族に多い[30]

利用

世界各地で庭園、並木、生け垣、墓地などに植栽される[14][16][13]。斑入り(フイリナギ)や細葉(ホソバナギ)、円形の葉(マルバナギ)などの園芸品種もある[18][31]。寒さには弱いため、関東地方では若木に寒さよけを必要とする[13]。肥沃で深い土壌を好む[31]。害虫としてルビーロウカイガラムシがつきやすい[31]

は硬く耐水性があり、建築(床柱など)、橋、家具、(ひつぎ)、彫刻などに用いられる[17][16][18][31]

樹皮に大量のタンニンを含むため、皮なめしや染料に利用される[24]。また材から抽出された精油は、アロマテラピーに利用される[24]

生薬とされることもあり、根や樹皮は筋肉痛関節痛に、葉は骨折外傷の出血に煎液を外用する[23]

種子からは油がとられ食用に利用されることがあり[17]、また古くは神社の灯火用に使われた[13]

名称

「ナギ」の名は、葉の形がミズアオイ科コナギ(古名はナギ)に似ているためともいわれる[13]。同じミズアオイ科のミズアオイの古名もナギである[16]。また葉が横にはちぎれにくいため、「チカラシバ」や「コゾウナカセ」、「ベンケイナカセ」ともよばれる[13][18]

脚注

注釈

  1. ヒノキ科イチイ科ナンヨウスギ科などとともにヒノキ目に分類されるが[2]、これを細分したナンヨウスギ目(Araucariales)に分類することや[3][4]、逆にマツ科(およびグネツム類)を加えた広義のマツ目(Pinales)に分類することもある[5]

出典

  1. Farjon, A. (2013年). Nageia nagi”. The IUCN Red List of Threatened Species 2013. IUCN. 2023年2月12日閲覧。
  2. Stevens, P. F. (2001 onwards). Cupressales”. Angiosperm Phylogeny Website. 2023年2月20日閲覧。
  3. 大橋広好 (2015). “マキ科”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. p. 34. ISBN 978-4582535310
  4. 米倉浩司・邑田仁 (2013). 維管束植物分類表. 北隆館. p. 44. ISBN 978-4832609754
  5. 大場秀章 (2009). 植物分類表. アボック社. p. 16. ISBN 978-4900358614
  6. Nageia nagi”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2023年2月12日閲覧。
  7. 米倉浩司・梶田忠 (2003-). ナギ”. BG Plants 和名-学名インデックス(YList). 2023年2月12日閲覧。
  8. "ナギ(梛)". ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンクより2023年2月14日閲覧
  9. "樀". 動植物名よみかた辞典 普及版. コトバンクより2023年2月14日閲覧
  10. "南木". 動植物名よみかた辞典 普及版. コトバンクより2023年2月14日閲覧
  11. . コトバンクより2023年2月14日閲覧
  12. ナギ(市指定天然記念物)”. 行方市教育委員会. 2023年2月16日閲覧。
  13. 中川重年 (2006). “ナギ”. 樹に咲く花 離弁花1. 山と渓谷社. pp. 650–651. ISBN 4-635-07003-4
  14. GBIF Secretariat (2022年). Nageia nagi (Thunb.) Kuntze”. GBIF Backbone Taxonomy. 2023年2月17日閲覧。
  15. 馬場多久男 (1999). “ナギ”. 葉でわかる樹木 625種の検索. 信濃毎日新聞社. p. 120. ISBN 978-4784098507
  16. "ナギ(常緑高木)". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2023年2月13日閲覧
  17. Flora of China Editorial Committee (2008年). Nageia nagi”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2023年2月16日閲覧。
  18. 杉本順一. “ナギ”. 世界の針葉樹. 井上書店. p. 154. NCID BN01674934
  19. 植村誠次 (1965). “マメ科以外の根粒植物について”. 化学と生物 3 (9): 471-476. doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.3.471.
  20. 福原達人. 球果類”. 植物形態学. 2023年2月17日閲覧。
  21. 長谷部光泰 (2020). 陸上植物の形態と進化. 裳華房. p. 205. ISBN 978-4785358716
  22. ナギの数量調整の方向性の検討”. 奈良県. 2023年2月16日閲覧。
  23. ナギ”. 熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース. 2023年2月16日閲覧。
  24. 大阪府の天然記念物”. 大阪府. 2023年2月16日閲覧。
  25. ナギ”. 日本のレッドデータ 検索システム. 2023年2月12日閲覧。
  26. 文化遺産データベース”. 文化遺産オンライン. 文化庁. 2023年2月15日閲覧。
  27. ナギ(押越 八幡神社)”. 養老町の歴史文化資源. 養老町. 2023年2月16日閲覧。
  28. 市指定文化財 ナギ<天然記念物>”. 伊予市. 2023年2月16日閲覧。
  29. 文化遺産オンライン”. 文化庁. 2023年2月15日閲覧。
  30. 梛紋”. 家紋のいろは. 2023年2月17日閲覧。
  31. ナギ”. 森林総合研究所 九州支所. 2023年2月16日閲覧。

関連項目

外部リンク

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