梅平 (身延町)
梅平(うめだいら)は山梨県南巨摩郡身延町の地名。郵便番号は409-2531[2]。
梅平 | |
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梅平 梅平の位置 | |
北緯35度22分15.17秒 東経138度26分36.1秒 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 山梨県 |
郡 | 南巨摩郡 |
市町村 | 身延町 |
標高 | 181 m |
人口 | |
• 合計 | 712人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
409-2531[2] |
市外局番 | 0556 (身延MA)[3] |
ナンバープレート | 山梨 |
※座標・標高は身延町役場身延支所付近 |
地理
富士川の西岸に位置し、身延線身延駅と身延山久遠寺のほぼ中間に位置する。また、富士山のほぼ真西に位置している[4]が、天子山地に阻まれ当地から直接富士山を見ることは困難である。
身延駅前はしょうにん通り商店街、身延山が門前町として商店が並ぶのに対し、梅平は役所をはじめ教育、医療、金融などの施設が集中している。
歴史
鎌倉時代中期に南部実長(波木井実長)が父・南部光行から波木井郷を分与され、当地に移り住んだのが始まりとされている[5]。その後実長は日蓮を招き入れ、日蓮は身延山を開山、久遠寺を建立した。実長が住んでいた氏館はその後寺に改修され鏡圓坊となり、日蓮宗宗門史跡として同地に現存している。
また、古くから駿河国と甲斐国を結ぶ駿州往還が同地区を通り、大正時代になると身延線の延伸と身延橋の開通により対岸からも身延山への参拝客が増加した。さらに長距離路線バスが通るなど交通の要でもあった。その後モータリゼーションの進展により長距離路線バスは廃止された一方で観光バスなどの大型車が増えたため、バイパス道路が作られた。
1872年(明治5年)に実施された県内80区制において巨摩郡梅平村(本遠寺寺社領)となったが、[6]1876年(明治9年)に寺社領は廃され、身延村・波木井村・大野村の周辺3村と合併して「南巨摩郡身延村梅平」となった。1931年(昭和6年)1月1日に町制執行され「南巨摩郡身延町梅平」となり、その後 1955年(昭和30年)と2004年(平成16年)に合併が行われたが字はそのままとなっている。
交通
道路
- 現在は「身延バイパス」として通っており、立体交差点で接続されている。
- 市川三郷町から富士川の右岸を通り、身延橋を渡って当地区まで伸びている。
- 身延山へ通じる県道。身延バイパスが開通するまでは国道52号線であった。
施設
- 鏡圓坊 - 波木井氏館跡。
- 身延町役場身延支所 - 2004年の合併前は身延町役場であった。
- 山梨県立身延高等学校
- 身延町立身延中学校
- 身延町立身延小学校
- 身延山病院
- 山梨中央銀行身延支店
- JA山梨みらい身延支所
- 身延郵便局
脚注
- “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat)”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2018年9月24日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月27日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年9月26日閲覧。
- 『週刊少年マガジン』にて連載されている「賭博覇王伝 零 ギャン鬼編」に梅平が登場し、富士山の真西であることが紹介されている。
- 南部氏とのつながり(遠野テレビホームページより)
- 身延町ホームページより
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