松江相銀米子支店強奪事件
松江相銀米子支店強奪事件(まつえそうぎんよなごしてんごうだつじけん)は、1971年(昭和46年)7月23日に鳥取県米子市で発生した銀行強盗事件。本事件を扱った裁判の判決は日本の最高裁判所の判例の一つ。
最高裁判所判例 | |
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事件名 | 爆発物取締罰則違反、殺人未遂、強盗被告事件 |
事件番号 | 昭和52(あ)1435 |
1978年(昭和53年)6月20日 | |
判例集 | 刑集32巻4号670頁 |
裁判要旨 | |
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第三小法廷 | |
裁判長 | 江里口清雄 |
陪席裁判官 | 天野武一 高辻正己 服部高顯 環昌一 |
意見 | |
多数意見 | 全員一致 |
意見 | なし |
反対意見 | なし |
参照法条 | |
憲法35条、警察官職務執行法2条1項、刑訴法211条、220条1項 |
概要
1971年7月23日、松江相互銀行(現:島根銀行)米子支店において、日本の新左翼の赤軍派4人組の強盗が猟銃及び登山用ナイフをもって押し入り、600万円を強奪して逃走した。緊急配備中だった翌24日午前0時頃、タクシーの運転手から「伯備線広瀬駅附近で若い二人連れの男から乗車を求められたが乗せなかった。後続の白い車に乗ったかも知れない」という通報があった。同日午前0時10分頃、その方向から来た白い乗用車に運転者の他、手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人とA)乗っていたので、職務質問を始めた。その乗用車の後部座席にアタッシュケースとボウリングバッグがあった。
タクシー運転者の供述から、被告人とAを前記広瀬駅附近で乗せ、倉敷に向う途中であることがわかったが、被告人とAとは職務質問に対し黙秘した。これに容疑を深めた警察官らは、前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、住所・氏名を質問したが返答を拒まれた。そこで持っていたボウリングバッグとアタッシュケースの開披を求めたが、両名はこれをも拒否した。その後警察官らが両名に対し繰り返しバッグとケースの開披を要求するも、両名がこれを拒み続けるという状況が30分ほど続いた。
同日午前0時45分頃、容疑を一層深めた警察官らは、継続して質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人ぐらいの警察官が取り囲み、Aについては数人の警察官が引張るようにして事務所を連れ出し、パトカーに乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において引き続いて、C巡査部長らが被告人を質問し、B巡査長らがAを質問したが、両名は依然として黙秘を続けた。
B巡査長は右質問の過程で、Aに対してボウリングバッグとアタッシュケースを開けるよう何回も求めたが、Aがこれを拒み続けたので、同日午前1時40分ころ、Aの承諾のないまま、その場にあったボウリングバッグのチャックを開けると大量の紙幣が無造作にはいっているのが見え、引き続いてアタッシュケースを開けようとした。しかし鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けたところ、中に大量の紙幣が入っており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた。
B巡査長はAを強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボウリングバック・アタッシュケース・帯封一枚・現金等を差し押えた。大量の札束が発見されたことの連絡を受け、C巡査部長は、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、というものである。なお、警察官職務執行法は、その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品検査に関する規定はない。
そこで後の裁判では被告人側は、Aの明示の拒否があったにも関わらず、ボウリングケースを開けて捜査したのは違法捜査であり、かつアタッシュケースをこじ開けたのは令状なく捜索をしたものである等として、日本国憲法35条1項・31条等に違反するなどとして争った。しかし、第一審・控訴審ともこの主張を認めず、最高裁に上告した。なお、弁護団には弘中惇一郎が加わっていた。
裁判と判決
最高裁判所判例として
この事件の判決は、日本の最高裁判所の判例(最高裁昭和53年6月20日第三小法廷判決、刑集32巻4号670頁)となっており、職務質問に附随して行う所持品検査は所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人的法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があるとした。
本件においては、強盗事件として重大な犯罪であり所持品検査をする必要性緊急性が極めて高かったこと、鍵のかかっていないボウリングケースのチャックを開けて一瞥したに過ぎず、中身を取り出したりする等して捜索に至らない行為であったこと等の事情を考慮して、明示の拒否がありかつ警職法に明文の規定がなくても所持品検査を行うことを認めた。
判旨
上告棄却(全員一致)。
職務質問に附随して行う所持品検査は所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある。警察官が、猟銃及び登山用のナイフを使用しての銀行強盗の容疑が濃厚な者を深夜に検問の現場から警察署に同行して職務質問中、その者が職務質問に対し黙秘し再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、容疑を確かめる緊急の必要上、承諾がないままその者の所持品であるバッグの施錠されていないチャックを開披し内部を一べつしたにすぎない行為は、職務質問に附随して行う所持品検査において許容される限度内の行為であり、このことによって、アタッシュケースをこじ開けたことはAの緊急逮捕手続に時間的場所的に接着しており、違法でなく、また、これらの行為によって得られた証拠の証拠能力はこれを認めることができる。