モスラVSバガン
概要
『メカゴジラの逆襲』(1975年)のあと、長らく中断した「ゴジラシリーズ」であるが、1979年以降、「ゴジラ復活」の機運が高まり、『ゴジラの復活』との題名での新作企画が東宝のプロデューサーの田中友幸のもとで進められることとなった。
田中が構想していたこの『ゴジラの復活』では、ゴジラの敵役に三変化する中国の怪獣バカン[注釈 1]という新怪獣の名が挙げられている[出典 1]。田中の語る『ゴジラの復活』の内容は、バカンの登場以外はほぼ1984年版『ゴジラ』のままであった[5] 。
その後、ゴジラは単独で復活することとなり、1984年版『ゴジラ』が製作されてヒットを収めた。これを受け、東宝は「ゴジラシリーズ」復活に自信を強めたが、5年後に満を持して製作した「怪獣の対決物」としての『ゴジラvsビオランテ』(1989年)は、興行的には大成功とならなかった。
そこで、東宝ではゴジラ以外の主役怪獣を打ち出すべく、「ゴジラの次はモスラで行こう」との声が挙がり、『ゴジラの復活』で予定された新怪獣とモスラを組み合わせての『モスラVSバガン』が企画されることとなった[出典 2][注釈 2]。1990年、『vsビオランテ』の翌年のことである。『vsビオランテ』公開時に行われた劇場アンケートでの、「男児はキングギドラ」、「女児はモスラ」との人気結果も参考にされた[11][12]。
大森一樹によって検討稿が書かれたあと[出典 3]、キャラクターデザインも発注され、特撮監督の川北紘一によってストーリーボードも用意されていた[13]。しかし、『vsビオランテ』では新怪獣ビオランテのキャラクターの弱さが東宝社内で指摘され、「スター怪獣ゴジラでも対決物興行が難しい」という結果が出た以上、さらに新怪獣とモスラとの組み合わせではキャラクターが弱かろうとの判断が下された[11]。また、ゴジラを登場させる意見も根強く残った[13]。この結果、代わって企画されたのが、一方の男児のアンケートで人気NO.1のキングギドラとゴジラの対決物の『ゴジラvsキングギドラ』(1991年)だった[出典 4]。
ゴジラシリーズとの関連性をもたせるため、『vsビオランテ』に登場した三枝未希の再登場も予定されており、本作品の名残から『vsキングギドラ』以降の平成ゴジラVSシリーズに三枝未希が登場し続けることとなった[18][19]。大森は、ストーリーのイメージとして東南アジアが舞台である山田正紀の小説『謀殺の弾丸特急』を参考にしたという[10]。
この『モスラVSバガン』の企画を大改稿したのが後の『ゴジラvsモスラ』(1992年)であるが[出典 5]、本来はモスラを『モスラVSバガン』で復活させ、ラストで復活したゴジラとモスラが戦う『ゴジラvsモスラ』[注釈 3]へ続ける予定であった。
その後も『ヤマトタケル』(1994年)の続編企画や平成モスラシリーズでのバガンの登場が検討されたが、いずれも実現には至っていない[21]。
予定された登場怪獣
モスラ
幼虫と成虫のモスラが登場する予定だった。卵は2つあり、それぞれの卵から1匹ずつ産まれて計2体が登場する[12]。
西川伸司によるデザイン案では、アゲハ蝶の幼虫をモチーフにした幼虫、成虫の頭部を流線型にし触角を蛾に近い形状で描いたものや、幼虫に実際のカイコの幼虫に見られる模様を加えたもの、成虫の胴体と頭部がスムーズにつながったものなどが描かれていた[22][23]。イメージボードでは、過去の作品にはなかった夜の都会の上空を飛ぶものが描かれている[22]。『ゴジラvsモスラ』で取り入れられた幼虫の尾の突起は、この時点で存在していた[22][23]。
バガン
中国の詩書『文選』に登場する、悪と偽政の世に現れる怪獣・馬銜のことで、廻りの環境に応じて霊神獣、龍神獣、魔神獣の三神獣として登場する[22]。本企画ではバガンは宇宙人が残したナスカ文明の遺跡に関係があり、大昔、森の闇の神と呼ばれ、モスラによってヒマラヤの氷雪の中に封印されたが、地球温暖化によって復活し、再び人類を滅亡に陥れる。
バガンのデザイン
デザインは吉田穣、西川伸司、韮沢靖、園山隆輔、新垣博人など[出典 6]。初期のプロットでは、『ゴジラの復活』を引き継ぎ3段変形するという設定であったが、検討脚本ではこの設定は削除された[24]。
西川によるデザインは、爬虫類やゾウ、岩石などをモチーフにしたものを経て、蛾のモスラの敵であることからカブトムシや、スティラコサウルスの頭部の要素を取り入れたものが描かれた[出典 7]。霊神獣は「象のような姿」という描写がプロットにあり、魔神獣はストレートに悪魔のイメージが取り入れられている[22]。オーソドックスな怪獣に似たものや、背中や両腕にも翼を持つもの、トサカが頭部の左右にあり、コウモリのような羽があるものも描かれた[22]。多数の噴気孔のような穴が岩のような甲羅に開いており、コウモリのような翼が甲虫の外羽から出てくるものや、甲虫と甲羅の形状を組み合わせたもの、スペースゴジラのような鉱物怪獣としてのものも描かれた[22]。竜神獣のデザインは西川が気に入っており、その構造は後年の作品にも似たようなものが提案されている[22]。
韮沢によるデザインでの形状は、西洋の「悪魔」のような姿をした二足歩行の怪獣で、大きな翼や頭部の角を持つ[24]。頭部の横の殻が開いて光線を発射する案があった[22]。色は黒をベースに赤色を織り交ぜたもの。
このバガンと、同時期に企画されていた照沼まりえ作、吉田穣画の『ゴジラVSギガモス』に登場予定であった「ギガモス」の設定を統合し、環境問題というテーマを含めて完成したのが、『ゴジラvsモスラ』のバトラ(バトル・モスラ)である[26][3]。
のちにゲーム『超ゴジラ』にも設定を変更されたうえで登場するが[1]、その時のバガンは吉田によるデザイン案のものがベースになっている[24]。
西川が怪獣デザインを手掛けたPCゲーム『ウルトラ作戦 科特隊出動せよ!』の最終話「首都警戒命令」に登場する硬態怪獣再生ビルガメラーは、バガンとして描かれたデザインがベースになっている[27][28]。また、西川は『ゴジラvsデストロイア』でのデストロイアのデザイン案としてバガンのラフデザインを流用したものも提出していた[29]。
ゴジラ
前作『ゴジラvsビオランテ』において自衛隊に撃ち込まれた抗核エネルギーバクテリアの効果で眠りについていたゴジラが、モスラとバガンの戦いの影響によって復活するラストが考えられていた。
原子熱線砲
デザインは西川伸司が担当[30]。後に『ゴジラvsモスラ』へ登場させる案も挙がっていたが、最終的には西川がデザインした93式自走高射メーサー砲が登場することとなった[31]。
『ゴジラvsデストロイア』に登場する「95式冷凍レーザータンク」の原型になった[出典 8]。また、曲面で構成されたコックピットの形状は、93式自走高射メーサー砲に取り入れられた[30]。
物語
ゴジラがビオランテとの戦いで眠りについてから数年後、ボルネオ島で発見された謎の大きな卵はモスラの卵だった。島にいた小美人がかつて封印された大怪獣・バガンの復活を予言する。やがて生まれたモスラとバガンが因縁の戦いを繰り広げる。
脚注
注釈
出典
- 西川伸司 2019, p. 172, 「作品紹介」
- ゴジラ大全集 1994, p. 73, 「未発表企画あれこれ」
- ゴジラ大辞典 2014, p. 256, 「COLUMN16 幻のゴジラ映画4 『ゴジラの復活』」
- 超常識 2016, pp. 236–237, 「Column 幻の東宝特撮映画を追え!」
- 『季刊誌シネマアイ』(1982年夏号)「ゴジラ特集」でのインタビューより。
- ヒットブックスVSメカゴジラ 1993, pp. 90–91, 「平成ゴジラ そしてメカゴジラ」
- 東宝SF特撮映画シリーズ7 1993, pp. 70–71, 「インタビュー 大森一樹」
- 未発表資料アーカイヴ 2010, p. 423, 「第3部 作品解説」
- 平成ゴジラクロニクル 2009, pp. 222–225, 「第7章 平成ゴジラシリーズを作った男たち 富山省吾」
- モスラ映画大全 2011, pp. 74–75, 聞き手・中村哲 友井健人「インタビュー 監督 大森一樹」
- 東宝SF特撮映画シリーズ7 1993, p. 80, 「インタビュー 川北紘一」
- モスラ映画大全 2011, pp. 156–157, 「モスラ番外編『モスラVSバガン』」
- ゴジラ・デイズ 1998, pp. 373–382, 川北紘一「1962-98 GODZILLA ゴジラは夢を実現する道具 人気怪獣の名勝負!『ゴジラVSキングギドラ』」
- ゴジラvsキングギドラ 怪獣大全集 1991, p. 88.
- 東宝SF特撮映画シリーズ7 1993, pp. 66–67, 「インタビュー 田中友幸」
- ゴジラ大全集 1994, pp. 78–79, 「東宝特撮映画史 ゴジラ誕生 ゴジラの未来」
- ゴジラ大辞典 2014, pp. 348–349, 「作品紹介 ゴジラVSキングギドラ」
- 東宝SF特撮映画シリーズ10 1996, pp. 59–62, 「インタビュー 大森一樹」
- 平成ゴジラクロニクル 2009, pp. 226–229, 「第7章 平成ゴジラシリーズを作った男たち 大森一樹」
- ゴジラ大辞典 2014, pp. 350–351, 「作品紹介 ゴジラVSモスラ」
- 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 144, 「平成ゴジラバーニング・コラム No.004 鬼っ子怪獣・バガン」
- ゴジラ画集 2016, pp. 177–184, 「モスラVSバガンほかNGデザイン」
- 西川伸司 2019, p. 65, 「File 005 モスラ モスラ対バガン」
- 平成ゴジラパーフェクション 2012, pp. 122–123, 「モスラVSバガンスペシャルアートワークス」
- 西川伸司 2019, pp. 80–82, 「File 007 ゴジラ怪獣 モスラVSバガン」
- 平成ゴジラパーフェクション 2012, pp. 131–135, 「幻の平成ゴジラストーリー」
- B-club 83 octobr 1992
- 西川伸司 2019, p. 127, 「File 009 ウルトラ怪獣 1992 ウルトラ作戦 科特隊出撃せよ!」
- 西川伸司 2019, p. 83, 「File 007 ゴジラ怪獣 1995 ゴジラVSデストロイア」
- 西川伸司 2019, p. 74, 「File 006 スーパー兵器 モスラVSバガン」
- 東宝SF特撮映画シリーズ7 1993, p. 154, 「設定デザイナー座談会」
- 東宝SF特撮映画シリーズ10 1996, pp. 99–100, 「MONSTER MAKERS 西川伸司」
- 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 97, 「ゴジラVSデストロイアアートワークス」
- 未発表資料アーカイヴ 2010, p. 395, 「モスラVSバガン 検討稿台本第一稿」
- 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 151, 「ゴジラVSモスラのポイント」
参考文献
- 川北紘一特撮監督へのインタビュー記事より
- 『テレビマガジン特別編集 誕生40周年記念 ゴジラ大全集』構成・執筆:岩畠寿明(エープロダクション)、赤井政尚、講談社、1994年9月1日。ISBN 4-06-178417-X。
- 『ゴジラ映画クロニクル 1954-1998 ゴジラ・デイズ』企画・構成 冠木新市、集英社〈集英社文庫〉、1998年7月15日(原著1993年11月)。ISBN 4-08-748815-2。
- 『平成ゴジラ クロニクル』川北紘一 特別監修、キネマ旬報社、2009年11月30日。ISBN 978-4-87376-319-4。
- 川北紘一『特撮魂 東宝特撮奮戦記』(2010年、洋泉社刊)
- 木原, 浩勝、清水, 俊文、中村, 哲 編『「ゴジラ」東宝特撮未発表資料アーカイヴ プロデューサー・田中友幸とその時代』角川書店、2010年3月31日。ISBN 978-4-04-854465-8。
- 『別冊映画秘宝 モスラ映画大全』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年8月11日。ISBN 978-4-86248-761-2。
- 『平成ゴジラパーフェクション』監修:川北紘一、アスキー・メディアワークス〈DENGEKI HOBBY BOOKS〉、2012年2月10日。ISBN 978-4-04-886119-9。
- 野村宏平 編著 編『ゴジラ大辞典【新装版】』笠倉出版社、2014年8月7日(原著2004年12月5日)。ISBN 978-4-7730-8725-3。
- 西川伸司『西川伸司ゴジラ画集』洋泉社、2016年6月24日。ISBN 978-4-8003-0959-4。
- 『ゴジラの超常識』[協力]東宝、双葉社、2016年7月24日(原著2014年7月6日)。ISBN 978-4-575-31156-3。
- 西川伸司『西川伸司デザインワークス』玄光社、2019年2月1日。ISBN 978-4-7683-1150-9。
- DVD『ゴジラVSモスラ』(東宝ビデオ)
- 特典映像で、「バガン」のデザインや企画の変遷を紹介。