デュアルパーパス
デュアルパーパス(dual purpose)は、オートバイの車種を分類するカテゴリの一つで、未舗装路や不整地(オフロード)での走行を考慮した装備や構造を持ち、なおかつ舗装路や公道(オンロード)での走行にも対応しているものを指す[1]。「オフロードバイク」や「オン・オフモデル」または「オフロードタイプ」などと呼ばれることもあるが、公道を走るための保安基準を満たしていないオフロード専用の車種つまりモトクロッサーやエンデューロレーサーなどとは区別してデュアルパーパスと呼ばれる。
概要
「デュアルパーパス」という言葉は、英語で「2つの用途」といった意味で、この場合はオフロードとオンロードの2つの用途を指す[1]。この場合の「オフロード」は不整地や未舗装路、公道ではない場所を指し、「オンロード」は舗装路や公道を指す。日本国外では、「dual-sport」や「Trail」などとも呼ばれている。
オートバイの設計や市場の細分化が進む以前は、オフロード専用か公道走行可能かの区別なく「スクランブラー」と呼ばれていた時代があった。その後各メーカーから専用設計のオフロード車が発売されるようになると、スクランブラーはロードモデルの1カスタムジャンルとして生き延び、2010年代[注釈 1]から自社の遺産を復刻するかのようなモデルにスクランブラーの名が再び商標として使われ始めている[2]。
デュアルパーパスとして分類される車種は、オフロードで充分な走行性能とオンロードで一定の走行性や快適性を持ち、主としてオンロードを走行することを前提として設計された他の分類の車種とは大きく異なる特徴を持つ。オフロードでの走行性能や車体の特徴は一様ではなく、オフロードでの車体特性とオンロードでの車体特性のどちらに重きを置くかによって多様性に富み、さらに細分化して分類されることも多い。同様にデュアルパーパス車用タイヤはユーザーの用途に応じて選択できるようにトレッドパターンの種類が豊富で、未舗装路でのグリップ性能を重視したブロックパターンタイヤからオンロードでの性能を重視した製品まで数種類のものがある。
主な特徴
オンロード走行を主眼に設計された車種に比べると、軽量で細身の車体で、単気筒ないしは2気筒のエンジンを搭載するものが多い。タイヤは細く径が大きいものが装着され、サスペンションは柔らかくストロークが長いが、オフロード指向の強い車種ほどその傾向が強くなる。最低地上高やシート(座席)の高さが高い車種が多い。最高出力よりも中低速域での過渡特性を重視して、オフロードで扱いやすい出力特性のエンジンを搭載している。そのため、横風に弱く煽られやすいといった特徴がある。総じて、オンロード用の車種に比べると、オンロードでの性能や快適性は劣り、オフロードでの走行性能は優れていて、オフロードで取り回しやすい車種は市街地での走行で扱いやすい。ただし、程度は比較する車種によって異なる。
一方、モトクロッサーなどのオフロード専用の車種と比較すると、メンテナンスフリー性や公道での運用に耐える耐久性、あるいは荷物の積載や二人乗りに耐えられる強度を持たせた設計となっていて車重がやや重い。さらに保安部品に適合した灯火類や消音効果の高いマフラーが装備されている。先進国では公道走行が認可される条件として排出ガス値に規制があるため、オフロード専用の車種に比べるとエンジンの出力がやや抑えられる。シート高はモトクロッサーほど高くなく、長時間の着座でもオフロード専用車種よりは快適な構造となっている。オフロード専用タイヤはブロックが高く柔らかいため公道での使用が危険で認可されていないのに対し、デュアルパーパス用のタイヤはオフロードでの性能を犠牲にして舗装路でも十分な安全性が確保されている。サスペンションやステアリングの特性は衝撃吸収性能や旋回性能よりも、高速安定性や直進安定性などを重視した設定となっている。また、市街地から高速道路まで幅広い速度域に対応するため、トランスミッションはワイドレシオになっている。総じて、オフロード専用車と比べると、公道での日常的な利用にも対応できる一方で、オフロードでの走行性能が多少犠牲になっている。
なお、夜間や一部に公道を利用したコースを走行するエンデューロレース用やラリーレイド用の競技車両のように、オフロード専用車種の中には部分的に保安基準に適合したものもあるが、デュアルパーパスに分類されないのが一般的である。
細分類
- マルチパーパス(multi purpose)
- デュアルパーパス一般と分ける明確な提議はないが、長距離のツーリングに快適な機能を重視したものや、どちらかというとオンロードでの走行性能に重きを置いた設計としたものをマルチパーパスと呼ぶことが多い。ホンダ・NX125のような小排気量のものから1,200ccを超えるものまであり、総じて比較的堅めのサスペンションや空気抵抗を受けにくいフロントフェンダーを装備していて、シート高は比較的低い。大型あるいは複灯型の光量の大きなヘッドライトを備える車種も多い。特に、狭くて起伏の大きいオフロードでの性能よりも長距離を巡航する性能を重視して、排気量は比較的大きいものは「ビッグオフローダー」、「ビッグトレール」、「アドベンチャー」、「アドベンチャーツアラー」、「アルプスローダー」、「クロスオーバー」、「クロスツアラー」、「クロスランナー」、「オールラウンダー」、「ヘビーデューティー」、「マルチロード」とも呼ばれ、大型のウィンドスクリーンやパニアケース、大容量の燃料タンク、しっかりとしたピリオンシートを装備した車種が多い。車種は、BMW GSシリーズ[3]をはじめ、ホンダ・トランザルプ、ドゥカティ・ムルティストラーダ、ハーレーダビッドソン・パンアメリカなどが該当する。
- トレール(trail)
- 「トレール」は、獣道の意味に由来し、比較的オフロードでの性能を重視した車種を分類してこのように呼ぶ場合がある。「トレッキングバイク」とも呼ばれる。荷物の積載も視野に入れた構造のリヤフェンダーや、降車して押したり引いたりしながら障害物を越える際に把持できるハンドル、大きくて明るいヘッドライトなどを装備している車種もある。アマチュアのエンデューロレースに用いられる場合もある。ヤマハ・セローやホンダ・XLシリーズなどが該当する。
- レーサーレプリカ
- デュアルパーパスの中でも、モトクロス競技車やエンデューロ競技車のイメージを踏襲して、比較的高いオフロード性能を持たせた車種は「レーサーレプリカ」と分類される場合がある。小さな荷掛フックやチェーンカバーなどが付いていて、公道での日常利用に耐えられる作りとなっているが、灯火類の着脱が容易な構造となっている車種や、タンデムステップが省略されて一人乗り専用となっている車種もある。ホンダ・CRMシリーズやヤマハ・WR250R/Xなどが該当する。
- スーパーモタードタイプ
- 舗装路と未舗装路で混成されたサーキットでのレースであるスーパーモタードに用いられるレース車両のイメージを踏襲した車種もある。車種名として「モタード」と付けられる場合も多い。マルチパーパスと同様に、デュアルパーパスの分類の中ではオンロード走行の比重を高くした特性をもつ車種が多いが、マルチパーパスとは異なり、荷物の積載における利便性や長距離ツーリングでの快適性よりも、市街地での扱いやすさやスーパーモタード競技車の外観イメージを重視した車種が多い。排気量は比較的大きいものは「ビッグモタード」、「ビッグトラベルモタード」とも呼ばれる。ドゥカティ・ハイパーモタードやカワサキ・Dトラッカー、ホンダ・XR230モタード、ヤマハ・XT250Xなどが該当する。
- トライアルタイプ
- トライアル競技車両のイメージを踏襲した車種もある。ヤマハ・TY250スコティッシュやガスガス・TXランドネなどが該当する。
- ダートトラッカータイプ
- ダートトラック競技車両のイメージを踏襲した車種もあり、他のデュアルパーパスと比較するとサスペンションストロークが短く、最低地上高が低い車種が多い。スズキ・グラストラッカー / グラストラッカービッグボーイやホンダ・FTR250 / FTR(223)、ヤマハ・トリッカー などが該当する。
- 1990年代の後半に流行したスカチューンと呼ばれるカスタムのベース車両とされる場合もある。ただし外観重視のストリート系モデルとしての需要であり、おもにオンロードでの走行を想定した仕様である。
主な車種
本田技研工業
- XLシリーズ(230・400V・600V・650・700(トランザルプ)/XLV750R/XL1000V バラデロ)
- XLXシリーズ(250R・350R)
- XLRシリーズ
- XRシリーズ
- XRV650/750
- CLシリーズ
- SLシリーズ
- CT110(ハンターカブ)
- モンキー
- クロスカブ
- MT50
- MTX
- XEシリーズ
- XREシリーズ(190/300)
- NXシリーズ(125/250/350サハラ/NX4ファルコン/650)
- エルシノア(125/250)
- シルクロード
- AX-1
- FTR(223)/FTR250
- 400X/CB500X
- CRM(50/80/250)
- CRF250
- CRF1000Lアフリカツイン
- NC700X/750X
- VFR800X Crossrunner
- VFR1200X Crosstourer
ヤマハ発動機
- MR50/80
- TDR250
- TDM
- ITシリーズ
- XTシリーズ(セロー225/250/660R)
- TW
- TT250R/Raid
- DTシリーズ(50/125/200/230ランツァ/250/360/400)
- WRシリーズ(125R/250R)
- テネレシリーズ(XT660Z/XTZ750/XT1200Z/XT1200ZE)
- ブロンコ
- アルティシア
- YBR125G/125KG
- SCR950
スズキ
- TSシリーズ
- SPシリーズ(370/400)
- DR-Z400S
- DRシリーズ(50/100/125/200/250S/R/350/370/400/500/600/650/SE/DR-BIG750/800S)
- RMX(50/250S)
- SXシリーズ(125/200)
- ジェベルシリーズ
- グラストラッカー / グラストラッカービッグボーイ
- Vストローム(250/650/650ABS/650XT ABS/1000/1000ABS)
川崎重工業
その他
- ビューエル・ユリシーズ(XB12X/XB12XT)
- CCW・フーリガン、FX110
- ゼロ・X、DS、DSR、FX
- BMW・R1100GS、R1150GS、R1200GS、HP2エンデューロ、F650GS、F700GS、F800GS、G650Xカントリー/チャレンジ、G450X
- CCM・GP450アドベンチャー
- KTM・EXC-R/F(250/400/450/520/530)、アドベンチャー(620LC4/640LC4/950/990/1050/1090/1190/1290スーパーアドベンチャー)、エンデューロ(600/690/950スーパーエンデューロ)
- ZP・スポーツ449
- ドゥカティ・ムルティストラーダ
- トライアンフ・タイガー
- MVアグスタ・ツーリスモヴェローチェ800、ストラダーレ800
- アプリリア・RXV/SXV、トゥアレグ、カポノルド
- ハスクバーナ・TE(250/310/450/510/630)、TR650テラ、701エンデューロ
- シェルコ・SEF(250)、SEF-R(250/450)、SE-R(250)、T-RIDE(250)
- ベータ・RR(125/250/350/400/450/498)
- ファンティック・TZ(125/170/200/250)、TF250ES
- マラグーティ・X3M(125)
- フサベル・FE(250/350/450/510)
- モト・グッツィ・クオタ、ステルビオ
- デルビ・センダ(50/125)、テラ、ムラセン
- ビモータ・DBx
- ガスガス・ハレー、EC(250/450)
- テラ・モデナ・198
- ベネリ・TRE1130K、BX505エンデューロ
- プジョー・XP7
- カジバ・SXT(125/175/200/250/350)、T4(350/500)、アラブリュ(125/250/350)、ARアレッタロッサ(125/200/350)、エレファント(125/350/650/750/900)、グランキャニオン
- SWM・スーパーデュアル650、RS(125/300R/500R/650R)
- リエフ・タンゴ(50/125)、マラソン、MRT
- ジェネリック・トリガー(50/125)、TW125、TR125
- クォンティア・EVO1
- ビアル・ボルテックス、クロスX(70/100/150/200/250)
- クインキー・ライガー(200/250)、トラッカー
- ハートフォード・VR(125/150/200)
- ヒョースン・RX125D/SM、トロイ
- ハーレーダビッドソン・パンアメリカ
脚注
注釈
- 日本では自動車やオートバイでレトロ調製品が流行した時期があり、スズキ・コレダスクランブラーは1996年の発売と、欧州各社よりもかなり早い。
出典
- ヤマハ発動機 バイク用語辞典「デュアルパーパス」
- 小泉建治 (2019年3月2日). “スクランブラーってどんな意味? オフ車とは違うの?〈ドゥカティとかトライアンフとかBMWとか〉”. モーターファン BIKES. 2021年9月11日閲覧。
- 1980年発売のR80G/Sを嚆矢とする。
参考文献
- いま、熱いデュアルパーパス - goobike(2009年2月27日閲覧)
- 『最新オートバイオールモデルカタログ2008』辰巳出版〈タツミムック〉、ISBN 978-4777804924