や行え

この項目では、五十音図や行え段 (やぎょうえだん、ye) について述べる。

  • 万葉仮名では「延」などの文字でこの発音が表された。
  • 現代の日本では、この発音を表す仮名文字は無い(もしくは定まっていない)。ただし外来語に対して「イェ」などの表記が見られる。

発音

日本語では、古くは「e」と「ye」とは異なる発音と認識し区別があった。

  • 10世紀後半に両者の区別が消滅し[1][2]、「ye」と発音された。
    • なお、13世紀までには、「we」(わ行え)の発音も消滅し、同じく「ye」と発音された。
  • 江戸時代に「e」と発音されるように変化し、現在に至る。

「ye」と発音された語の例

古代に「ye」と発音された音節を含む語には、次のようなものがある(「e (あ行え[3])とは区別された)。

  • 兄(え)
  • 江(え)
  • 枝(え)
    • 枝(えだ)
    • 楚(すはえ)
    • 机(つくえ)
ヤ行下二段活用

動詞「越ゆ」の例では、未然形・連用形・命令形内の「え」は、「ye」と発音された。他例は、「覚ゆ」、「聞こゆ」、「見ゆ」、「絶ゆ」、「消ゆ」など。

  • 未然形:越
  • 連用形:越
  • 終止形:越ゆ
  • 連体形:越ゆる
  • 已然形:越ゆれ
  • 命令形:越

文字

奈良時代 - 平安時代

万葉仮名の時代には、文字でも「e」と「ye」を区別した。

万葉仮名では以下のように使い分けた[4]

  • e
    • 愛、哀、埃、衣、依、榎、荏、得
    • 可愛(2字1音)
  • ye
    • 延、曳、睿、叡、盈、要、縁、裔、兄、柄、枝、吉、江

平仮名・片仮名

平仮名・片仮名の誕生初期も区別した。

平仮名では以下のように使い分けた[5]

  • e
    • (未掲載)
  • ye

片仮名では以下のように使い分けた[6]

  • e
    • 𛀀
  • ye
    • エ 他

10世紀後半以降

10世紀後半、発音上の区別がなくなった(双方とも ye の発音へ変化した)。上記の平仮名・片仮名は異体字の扱いとなった。

江戸時代 - 明治時代

江戸時代から明治時代の間に、あ行え段 (e) とや行え段 (ye) の仮名をふたたび区別しようとする者が現れた[7]。字の形は文献によってまちまちである。「」と「」はその内の二つに過ぎない。

  • e
    • 古くからある仮名
      • [8] (平仮名)
      • (「え」の変体仮名。平仮名)
      • エ (片仮名)
    • 新しく作られた仮名
      • [8] (「衣」の省画[9]。片仮名)
      • [9] (「衣」の省画[9]。片仮名)
      • [9] (「衣」の省画[9]。片仮名)
      • [9][10] (「衣」の省画[9]。片仮名)
      • [9] (「衣」の省画[9]。片仮名)
  • ye
    • 古くからある仮名
      • え (平仮名)
      • [8] (「え」の変体仮名。平仮名)
      • [9] (「え」の変体仮名。平仮名)
      • [11] (「え」の変体仮名。平仮名)
      • [9] (「え」の変体仮名。平仮名)
      • [8] (片仮名)
    • 新しく作られた仮名
      • [12](点付きの「え」。平仮名)
      • [13](「衣」の草書。平仮名)
      • [12](点付きの「エ」。片仮名)
      • [14] (「衣」の省画。片仮名)
      • [15] (「衣」の省画。片仮名)
      • [16](「衣」の省画。片仮名)
      • [17] (「衣」の省画。片仮名)
      • [18][19][20] (「衣」の省画。「グレーン」の活字で代用することがある。片仮名)
      • [21][22] (「衣」の省画[21]。片仮名)
      • [23][24] (「延」の省画[9]。片仮名)
      • [11] (「延」の省画。片仮名)
      • [25] (「兄」の省画[25]。片仮名)

このような使い分けは、音義派の学説に基づいて考え出された。音義派は、あ行い段とや行い段、あ行え段とや行え段、あ行う段とわ行う段は、本来違う音であると主張していた。そこで、それぞれに違う仮名を当て嵌めようとしたのである[26]

しかし、日本語の研究が進み、それぞれに区別はないとする学説が出た。これらの奇字が実際に用いられることはなかった[26]

天地の詞などでの「ye」

天地の詞

天地の詞」に「え」が2回出てくるのは、成立時期が「e」と「ye」を区別していた九世紀にさかのぼるためと考えられている。「えのえを」を「榎の枝を」と解釈する[2]。万葉仮名で榎はア行のエ、枝はヤ行のエである[27]

大為爾の歌

天地の詞よりも後に作られた「大為爾の歌」には「え」は1回しか出てこないが、本来「e」と「ye」の二つが含まれていた可能性が指摘されている[28]。なお、「e」と「ye」を区別した場合、この歌の「え」衣は万葉仮名で、ア行のエである[29]

いろは歌

大為爾の歌よりも後に作られた「いろは歌」にも「え」は1回しか出てこないが、こちらも本来「e」と「ye」の二つが含まれていた可能性が指摘されている[30]

なお、「e」と「ye」を区別した場合、この歌の「え」は「けふこえて(今日越えて)」で、「越えて」は「越ゆ・越ゆる・越え」と活用していたことから、ヤ行のエである[31]

符号位置

2010年10月11日、Unicode 6.0 に「𛀀 (𛀀)」(U+1B000, KATAKANA LETTER ARCHAIC E) と「𛀁 ()」(U+1B001, HIRAGANA LETTER ARCHAIC YE) が採用された[32]

2017年6月20日、Unicode 10.0 に「𛀁 ()」が採用された。「𛀁 ()」は「𛀁 ()」と統合され、「HENTAIGANA LETTER E-1」という別名が与えられた。

2021年9月14日、Unicode 14.0 に「」(U+1B121, KATAKANA LETTER ARCHAIC YE) が採用された[33]

記号UnicodeJIS X 0213文字参照名称
𛀁U+1B001-𛀁
𛀁
Hiragana Letter Archaic Ye
𛀀U+1B000-𛀀
𛀀
Katakana Letter Archaic E
𛄡U+1B121-𛄡
𛄡
KATAKANA LETTER ARCHAIC YE

脚注

  1. 上代特殊仮名遣の消失から間もなく(より早かった)。
  2. 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p107。
  3. 例:衣(え)
  4. 『世界の文字の図典普及版』2009年, 世界の文字研究会, 吉川弘文館
  5. 平仮名(大辞林特別ページ)
  6. 片仮名(大辞林特別ページ)
  7. 馬渕和夫『五十音図の話』大修館書店、1994年(原著1993年)、17-24,93頁。ISBN 4469220930。
  8. 綴字篇
  9. 古言衣延辨證補
  10. 雅語綴字例
  11. 音韻啓蒙 : 2巻. 上巻
  12. 小学日本文典入門. 巻之1
  13. 語学捷径. 上
  14. 訓蒙明声初途. 初編
  15. 日本文典大綱
  16. 語学捷径. 上
  17. 西字五十音図 : 一名・羅馬字五十音
  18. 仮名遣の栞
  19. 日本新文典
  20. 日本文法問答. 初編
  21. 新式漢文捷径初歩
  22. 実用日本語法 : 日清対訳
  23. 小学教師心得・小学入門
  24. 英和単語図解. 前篇
  25. 辞礎
  26. 唐澤るり子 五十音図の不思議な文字
  27. 万葉仮名|国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典|ジャパンナレッジ (japanknowledge.com) 2022年5月24日閲覧。
  28. 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p131 - 134。
  29. 万葉仮名|国史大辞典・日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典|ジャパンナレッジ (japanknowledge.com) 2022年5月24日閲覧。
  30. 小松英雄『いろはうた』(中公新書、1979年)p134 - 136。
  31. / 古文 by 走るメロス |マナペディア| (manapedia.jp) 2022年5月24日閲覧。
  32. Kana Supplement, Unicode, Inc., https://www.unicode.org/charts/PDF/U1B000.pdf
  33. Kana Extended-A, The Unicode Standard, Draft Version 14.0

関連項目

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