2019年アマゾン熱帯雨林火災

2019年アマゾン熱帯雨林火災(2019ねんアマゾンねったいうりんかさい)とは、ブラジルを中心とするアマゾン熱帯雨林地域における火災が、2019年に入って急増したとされる事件である。

2019年に入って、火災が起こった地点を示した画像

概要

火災件数の増加

ブラジルのアマゾン地域における火災件数の推移[1]

2019年8月、前年同期に比べて、アマゾンの火災件数が85%増加している事が判明した。ブラジル国立宇宙研究所の報告では、2019年6月の火災件数は、2018年の同月に比べて88%増加しており、識者はジャイール・ボルソナーロが大統領に就任した2019年1月以降、火災件数が大きく加速したと指摘する[2]。アマゾン近隣の町のみならず約3200キロ離れたサンパウロ上空[3]でも煙が空を覆い、火災に伴う停電も起きた[4]。ブラジル環境省は、アマゾン地帯の北部と、中央から東部にかけての広い範囲での自然乾燥が火災の主因だと述べたが、国立宇宙研究所は「今年の気候に異常はない。雨量も例年よりいくぶんか少ない程度だ」とその主張を否定した。その初動において、ボルソナーロは積極的な火災対策を控えていた。以前より、大統領選でボルソナーロと争ったフェルナンド・ハダッドは「私のライバルが選ばれればアマゾン地帯の崩壊の始まりだ」と指摘しており[5]、メディアからは大統領の開発重視、環境軽視の姿勢が火災の拡大につながったと見られている[6]

議論ののち、大統領はブラジルにおける森林伐採の増加を強調したブラジル国立宇宙研究所の所長リカルド・ガルヴァンを解任した。また2019年8月21日、「私が民間公益団体(NGO)の財源を削減したことで、私の施政を辱めるためにNGOが火を放っている可能性がある」と発言し、議論をよんだ[7]。さらに森林火災件数に関して、過去15年間の「平均値」に近いと述べ、「伝統的に暑く乾いた時期の最中だ。風が強く、この時期には毎年、山火事がある。特に暑い年には山火事が増えるものだ」と自然要因を強調している。アメリカ航空宇宙局の報告は、ボルソナーロの主張通り、アマゾン盆地全体の森林火災は過去15年間の平均値に近いと述べ、他方、ブラジル国立宇宙研究所は今回の火災は通常の乾季と同一視出来ないとし、今年1~8月21日の間に7万5000件以上の森林火災が発生し、昨年の同期間の4万件を大きく上回っていると主張した[8]。火災件数のみで見ると、実際2002年から2010年の間(ルーラ政権下)の件数が多かったという指摘もある[9]。なお、前述のNASAの「過去15年間の平均値に近い」という調査は、2019年8月16日までの調査である。NASAは改めて、8月26日までのMODISのデータで調査した所、「2019年の火災は、2010年以来、最も活発」と発表している[10]

1月1日から8月26日までブラジルでINPEによって検出された山火事の数[1]
緑色の行は、法的なアマゾン地域(BLA)内の州である
2013Diff%2014Diff%2015Diff%2016Diff%2017Diff%2018Diff%2019
アクレ州 78247%1,15043%1,64972%2,846–57%1,2043%1,246134%2,918
アラゴアス州 128–9%11669%197–60%785%82–19%6610%73
アマゾナス州 1,809117%3,92713%4,45722%5,4754%5,730–38%3,508117%7,625
アマパー州 2875%494%51–13%44–43%2588%47–48%24
バイーア州 2,226–26%1,63112%1,83642%2,614–37%1,634–21%1,28086%2,383
セアラー州 28112%31614%36136%493–57%20984%385–15%327
連邦直轄区 60130%138–57%59179%165–31%113–63%4165%68
エスピリトサント州 186–35%120119%26340%370–76%872%89157%229
ゴイアス州 1,40656%2,202–24%1,65853%2,540–22%1,963–28%1,39827%1,786
マラニョン州 4,42789%8,375–1%8,229–13%7,135–29%5,000–4%4,76017%5,596
ミナスジェライス州 2,06748%3,067–44%1,71083%3,134–30%2,179–24%1,64777%2,919
マットグロッソ・ド・スル州 1,421–28%1,017112%2,16514%2,4863%2,583–54%1,171285%4,510
マットグロッソ州 8,39640%11,811–21%9,27856%14,496–31%9,872–19%7,91595%15,476
パラー州 3,810145%9,347–6%8,7760%8,70425%10,919–62%4,068164%10,747
パライバ州 7275%126–35%81–4%77–48%40100%801%81
ペルナンブーコ州 174–2%17043%244–58%10222%125–18%10229%132
ピアウイ州 1,666122%3,708–23%2,840–2%2,765–36%1,749104%3,569–21%2,818
パラナ州 1,361–9%1,2270%1,23452%1,877–9%1,698–9%1,53118%1,810
リオデジャネイロ 192133%448–21%3547%379–33%251–42%144175%396
リオグランデ・ド・ノルテ州 71–7%6628%85–32%5721%6944%100–32%68
ロンドニア州 817266%2,99031%3,93410%4,349–16%3,624–37%2,270183%6,441
ロライマ州 95185%1,759–14%1,499136%3,541–82%622218%1,982132%4,608
リオグランデ・ド・スル州 89069%1,505–40%901188%2,601–37%1,619–35%1,03995%2,029
サンタカタリーナ州 969–32%6520%646147%1,600–29%1,133–22%88325%1,107
セルジペ州 155–56%68122%151–53%71–4%6811%76–18%62
サンパウロ 1,38581%2,515–54%1,148100%2,302–29%1,61337%2,212–26%1,616
トカンティンス州 4,43638%6,132–16%5,13055%7,962–31%5,461–25%4,04759%6,436
Total 40,16660%64,632–8%58,93632%78,263–23%59,672–23%45,65680%82,285

国際社会の反応

2019年8月23日夜、環境問題を重視する欧州諸国からの圧力を受けて、火災対処のため、ブラジル軍の派遣を許可する大統領令を発令した[8]。この問題は、8月24日からフランスで開催されているG7(主要国首脳会議)でも議題に取り上げられたが、ボルソナーロは「当事国が参加しないG7で議論することは植民地主義的思考だ」と反発した[11]。さらに1800万ユーロもの資金援助が提案されるも、8月28日、ボルソナーロは「マクロン大統領ノートルダム大火災さえ避けられなかったのに、わたしたちに何が言えると言うのか」と、その申し出を拒否した[12]。また、SNS上でマクロン大統領と自身の妻をめぐる2倍近い年齢に関わる外見的な揶揄のコメントを投稿し、論争となった[13]

フランスアイルランドは、EUと南米の関税同盟メルコスールとの間で合意された貿易協定を停止させる可能性に言及、現在EUの議長国であるフィンランドは、ブラジル産牛肉の輸入禁止を提案し、9月の財務相会議の議題にこの問題を載せるとしている。 2018年、ブラジルはEUにおよそ136億ドルの農産物を輸出している[14]

火災を受けて、マクロン大統領のみならずディカプリオジョコビッチマドンナロナウドなどの海外セレブ[15]、日本の芸能人ローラブルゾンちえみらがこぞって火災を杞憂するツイートをSNS上にアップした。しかしそこにアップされた写真はいずれも現在のアマゾンを写したものではなく、過去の火災写真が混同されて使われていたという[16]。SNS上で災害を憂うに際して、写真に関する事実関係の確認の難しさが浮き彫りとなった。

ブラジルの対応

ブラジルのボルソナーロ大統領は、この火災に対する世界的注目の元凶がマクロン大統領の環境保護発言にあると目し、「アマゾンの主権はブラジルにある」「わたしはG7ではなく、G7に参加する大統領のひとりに対して反対している」とマクロンに反発する姿勢を強め、論戦を繰り広げている。これに対して環境保護にほとんど無関心なトランプ米大統領は「アマゾンの火災に全力を尽くし、あらゆる点でブラジルの人々のために素晴らしい仕事をしている」とツィッタ―上で声援を送り、ボルソナーロは「大統領、ありがとう。わたしたちは火災との戦いに大成功している。主権に対するフェイクニュースキャンペーンは機能しない」と答えた。いっぽうで、2019年2月に30%にも満たなかったボルソナーロの「不支持率」は、8月に入ると53.7%にまで上昇している。他の調査によれば、ブラジル人のほぼ80%が、環境保護または先住民保護区の鉱業開発を拒否している[17][18]

8月29日、「原則60日間、土地に火を付ける許可を出すことを停止する」旨の野焼き禁止の大統領令を発令した。警察当局はバラ州の環境保護地区内での違法伐採と野焼きに関与した疑いで男1人を逮捕し、2人の行方を追っているとした。30日、ボルソナーロはヨーロッパがブラジルの環境問題に対して「教えることはなにもない」と述べ、従来の立場を強調した。また、マクロンが「アマゾンの主権」に関する発言を撤回すれば、対話に応じると繰り返し述べた[19][20]

9月20日、ブラジルの国防省は、米国の専門家や日本の物流機器、チリの航空機4機を投入して、消火活動にあたっていると発表した。また、さらにイスラエルの消防隊も加わるとしている[21]

9月23日、ボルソナーロは、ニューヨークで催された国連気候サミットで演説し、アマゾンの森林火災は「詐欺」によって、でっちあげられたとし、マクロン大統領と併せてメディアを非難した。続けて「アマゾンでは西ヨーロッパよりも大きな森林がほとんど手付かずのまま残っており、それこそがブラジルが最も環境保護に力を入れている国のひとつである証拠だ」と自らの正当性を主張した[22]。ボルソナーロは、あくまで森林火災は、ブラジルの国内問題であると主張し、他国からの批判は主権侵害であると語った。また、保護区の存続を疑問視する考えを示した[23]

脚注

  1. Situação Atual (ポルトガル語). queimadas.dgi.inpe.br. ブラジル国立宇宙研究所 (2019年8月26日). 2019年8月27日閲覧。
  2. “アマゾン森林火災は「国際的危機」、マクロン仏大統領が警告”. BBC. (2019年8月23日). https://www.bbc.com/japanese/49443644 2019年8月25日閲覧。
  3. readers, Guardian (2019年8月27日). “Tell us how you have been affected by the Amazon fires” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/environment/2019/aug/27/tell-us-how-you-have-been-affected-by-the-amazon-fires-brazil-bolivia-south-america 2019年9月13日閲覧。
  4. Barnes, Angela (2019年8月21日). Amazon burning: Smoke travels nearly 3000 km to black out Sao Paulo (英語). euronews. 2019年8月27日閲覧。
  5. 白石和幸 (2019年8月24日). “「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由”. 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/299200 2019年8月25日閲覧。
  6. Amazon burning: Smoke travels nearly 3000 km to black out Sao Paulo in middle of the day”. 2019年8月27日閲覧。
  7. James Temple (2019年8月23日). “アマゾンで森林火災が激増、ブラジル大統領は「NGOが放火」”. ASCII.jp. MITテクノロジーレビュー. https://ascii.jp/elem/000/001/921/1921826/ 2019年8月25日閲覧。
  8. “アマゾン森林火災、ブラジル大統領が消火に軍派遣を指示 欧州が圧力”. BBC. (2019年8月24日). https://www.bbc.com/japanese/49456882 2019年8月25日閲覧。
  9. Shimbun, Nikkey (2019年8月26日). アマゾン火災騒動への違和感を読み解く”. ブラジル知るならニッケイ新聞WEB. 2019年8月27日閲覧。
  10. Uptick in Amazon Fire Activity in 2019 (英語). NASA (2019年8月26日). 2019年10月20日閲覧。
  11. “アマゾン火災、G7で議論 ブラジルは反発”. 中日新聞. (2019年8月24日). https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2019082402000260.html 2019年8月25日閲覧。
  12. AFP (2019年8月27日). “Brasil rechaza la ayuda del G7 para combatir los incendios en la Amazonia” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/internacional/2019/08/27/actualidad/1566889091_205938.html 2019年8月27日閲覧。
  13. CNN, Barbara Wojazer, Flora Charner, and Duarte Mendonca. Macron slams Bolsonaro for 'disrespectful comments' about his wife”. CNN. 2019年8月27日閲覧。
  14. Amazon Gold and Army Suspicion Fuel Bolsonaro’s Rainforest Rage”. 2018年8月29日閲覧。
  15. http://www.washingtontimes.com, The Washington Times. Celebrities get fact-checked after sharing fake photos of Amazon rainforest fire (英語). The Washington Times. 2019年8月27日閲覧。
  16. Hatachi, Kota. ローラやブルゾンちえみも拡散。アマゾン火災で世界に「無関係」な写真が広がる”. BuzzFeed. 2019年8月27日閲覧。
  17. correspondent, Tom Phillips Latin America (2019年8月27日). “Jair Bolsonaro demands Macron withdraw 'insults' over Amazon fires” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/world/2019/aug/27/jair-bolsonaro-demands-emmanuel-macron-withdraw-insults-over-fires 2019年8月28日閲覧。
  18. Mendonça, Heloísa (2019年8月27日). “Bolsonaro rechaza la ayuda del G7 para los incendios en la Amazonia hasta que Macron retire sus “insultos”” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/internacional/2019/08/27/actualidad/1566889091_205938.html 2019年8月28日閲覧。
  19. 大統領が「野焼き禁止令」=アマゾン火災、「容疑者」逮捕-ブラジル:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2019年8月31日閲覧。
  20. アマゾン火災、野焼き禁止も新たに1500件 大統領は「欧州が教えることない」”. www.afpbb.com. 2019年8月31日閲覧。
  21. Pascale TROUILLAUD (2019年9月22日). “アマゾン火災、1時間にサッカー場110面分焼失 ブラジル大統領が国連総会出席へ”. AFPBB News. https://www.afpbb.com/articles/-/3245702 2019年10月20日閲覧。
  22. correspondent, Tom Phillips Latin America (2019年9月24日). “Jair Bolsonaro says 'deceitful' media hyping Amazon wildfires” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/world/2019/sep/24/jair-bolsonaro-says-deceitful-media-hyping-amazon-wildfires 2019年9月25日閲覧。
  23. “アマゾン森林火災は「国内問題」 ブラジル大統領が国連で反発”. BBC. (2019年10月20日). https://www.bbc.com/japanese/49821523 2019年9月25日閲覧。

関連項目

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