轟貝塚
概要
縄文時代前期に九州地方を中心に分布した、「轟式土器」の標式遺跡である。ただ、はっきりとした遺跡の範囲は不詳。見つかった貝片や土器片は細かく砕けている。この貝塚からは、縄文時代の埋葬人骨も発見されていることも、特筆に値する。轟水源の近くにあり、遺跡が連綿と続くことに関連していると考えられている[3]。
関連項目
出典
- 文化審議会の答申(史跡等の指定等)について(文化庁報道発表、2022年6月17日)。
- 令和4年11月10日文部科学省告示第141号。
- “轟貝塚 とどろきかいづか”. 宇土市デジタルミュージアム. 2020年11月21日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.