虚偽告訴等罪

虚偽告訴等罪(きょぎこくそとうざい)とは、刑法が定める犯罪類型の1つで、他人に刑罰懲戒を受けさせる目的で、嘘の被害で告訴する行為を内容とする。虚偽告訴だけでなく、虚偽の告発や、処罰を求めての申告も含む[1][2][3][4]

虚偽告訴等罪
法律・条文 刑法172条
保護法益 国家の審判作用の適正、私生活の平穏
主体
客体 -
実行行為 虚偽の告訴、告発、その他の申告
主観 故意犯、目的犯
結果 挙動犯、抽象的危険犯
実行の着手 -
既遂時期 虚偽の申告が官署に到達した時点
法定刑 3月以上10年以下の懲役
未遂・予備 なし

虚偽の申告で人を貶めることを古くは讒訴(ざんそ)または誣告(ぶこく)といった。旧刑法下でも誣告罪(ぶこくざい)と呼んでいた[5]。 

概説

保護法益は、第一次的には国家の適正な刑事司法作用という国家的利益であり、二次的に個人の私生活の平穏という個人的利益であると解するのが通説である。

本罪が成立するためには、これら両者がともに危殆化されることを要する[6]

本罪の有罪判決のほか公訴棄却免訴を含む本罪の「証明」となる確定判決は、本罪にかかる虚偽告訴によって有罪判決を受けた者について、再審請求の法定事由となる(刑事訴訟法435条3号、「有罪判決を受けた者を誣告した罪」という形で本罪が引用されている)。

本罪は、虚偽の申し出による被害者が存在する点で、虚偽の申し出における告訴告発の対象が存在しない虚偽申告軽犯罪法第1条第16号)と異なる。


虚偽告訴等罪

人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役に処する(刑法第172条)。

客観的要件

本罪の行為は「虚偽の告訴、告発その他の申告」である。警察など行政機関に申告したり、弁護士会に対して弁護士懲戒請求をする場合も本条に該当しうる。

虚偽告訴罪にいう「虚偽」の申告とは、客観的事実に反する申告を行うことをいう(最高裁昭和33年7月31日決定刑録15輯518頁)[注釈 1]。申告された事実は刑事処分・懲戒処分の成否に影響を及ぼすものであることを要し、捜査機関・懲戒機関の職権発動を促すに足る程度に具体的であればよい[7]

既遂時期は、虚偽の申告が担当官署に到達した時点である[8]

主観的構成要件

本罪は目的犯であり、「人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的」が必要である。ここでいう目的とは、確定的な刑事処分や懲戒処分を意図するものである必要はなく、刑事捜査・懲戒調査の対象とする目的で足りる。すなわち、虚偽申告により刑事または懲戒の処分がなされるか否かについては未必的な認識で足りる[9]

自白による刑の減免

前条の罪(虚偽告訴等罪)を犯した者が、その申告をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる(刑法第173条)。

事例

警察庁が発表する犯罪統計書によると、最近10年分の虚偽告訴罪のデータは次の通りである[10]。おおむね年間30件から40件程度で推移している。検挙人員の男女差は小さいものの、やや男性の方が多い傾向にある。

虚偽告訴罪の認知・検挙件数および検挙人員
年度 認知件数 検挙件数 検挙人員
総数
2011年202118523
2012年312591524
2013年4433202141
2014年4335171330
2015年3935251641
2016年29219817
2017年3739192039
2018年4431111728
2019年3542322153
2020年4037211233
総数 362319181148329

事例

  • 2000年に福島県会津若松市で結婚間もない47歳の主婦(当時)が、新婚の夫に自身への気持ち確認と関心を引くために、「強制わいせつ被害を受けた」とウソをついた。夫が警察に届け出ると言い出したため、たまたま過去に仕事の取引先関係で夫を訪ねて夫婦宅に来ていた建材会社社長の60歳男性を犯人と主張し、2000年8月30日に夫婦で男性を警察に告訴した[2][3]。無実の建材会社社長は強制わいせつ罪で逮捕・勾留され、19日間身柄を拘束された。 事件のため男性は性犯罪者と周囲に見られ、24年間経営していた会社を廃業させられた[3]。男性が釈放後に損害賠償を求めた民事裁判でも女性は虚偽告訴の事実を認めずに嘘を重ねたが、裁判所から供述に信用性が無いと指摘され敗訴した。「わいせつな行為はなかった」と認定され、男性に150万円の支払いを命ずる判決が出された。虚偽告訴罪でも起訴された女は2003年8月25日に刑事裁判で懲役1年の実刑判決を受けている[3][2]
  • 2008年に交際中の男女が示談金目当てで大阪市営地下鉄御堂筋線で痴漢でっち上げ、男性が無実の罪で自白・罪に問われそうになった事件が起きている。女は電車内に居合わせた会社員の男性から痴漢の被害を受けたと嘘泣きし、女の彼氏が正義感の強い若者を装った上で目撃したと男性に詰め寄り、現行犯逮捕し、警察に引き渡していた。男性はそもそも女に触れた事実など一切なく、取調べで身に覚えがないと主張したが、警察官は「赤の他人が見ていた」からと自白強要のみ行った[2]。しかし、カップルの供述に食い違いがあったことなどから、翌夕方に男性は釈放された。警察によるカップルへの取調べ要請もあり、事件6日後に女が虚偽と自首した結果、男は虚偽告訴罪で逮捕、女は書類送検された。カップルには余罪があり、出会い系サイトで誘い出した別の男性に対する強盗未遂なども明らかとなり、男は懲役5年6ヵ月の実刑、女は執行猶予付きの有罪判決を受けている[11]
  • 2008年に実母に強く問い詰められたことで性的被害を受けた、それを目撃したという養女・養子の嘘証言したことで起きた虚偽告訴で当時65歳だった養父が身柄拘束・刑務所で合計約6年冤罪被害を受けた事件が起きている。11歳だった2004年と14歳だった2008年に、養女の14歳女性(2008年時点)が自宅の集合住宅で65歳の養父男性に性的暴行されたと主張し、女性はこれ以外にも何度も性的被害を受けたと告発した。同年に養父は強姦・強制わいせつの罪で大阪地検によって起訴された。男性は一貫して否認を続けたが、大阪地裁は「暴行された」などとする当時14歳の女性と、女性の2歳上の兄の「目撃した」とする証言の信用性を認め、有罪の決め手とし、養父に強姦罪などの罪で懲役12年を言い渡した[4][12]。しかし、養父男性弁護士を含む男性側は、調書を基に2008年の事件提起直後に14歳女性は母親に連れられて、産婦人科医の診療を受けてたが、処女膜裂傷がないと記録されていた決定的である証拠の開示請求したが、検察側は「ない」と回答した。大阪高裁の裁判長は、弁護側が求めた診療記録の取調べやそれに関連する女性らの再尋問を一切認めず、男性の控訴を棄却した。2011年4月に最高裁も同様に棄却したことで12年の刑が確定し、男性は無実の罪で服役することになった。2010年に受診した別の診療科の診療記録にも、14歳女性が「実は被害を受けていない」との発言が記載されていたのにも関わらず、検察や裁判所は未成年被害者側の主張のみを信頼し、男性側の決定的な証拠を認めなかった。2013年の服役中の男性による再審請求で、事態が一変した。再審請求を受けた大阪地検が再捜査した際に、「被害者」と「目撃者」とされた当時14歳の女性が実際には被害を受けてないこと、2歳上の兄も実際には目撃もしていないことを述べるなど男性の関与を否定したからであった[4]。地検は再捜査を行い、性的暴行を受けた痕跡がないとする告訴当時の診療記録が「見つかった」とした。再審のために性的被害がなかったという女性らの新証言が客観的にも裏付けられた結果、「女性らの虚偽証言に基づく冤罪」と確定したことで、2014年11月に刑の執行を停止し、大阪地検は男性を釈放した。無実と釈放されたのは服役から約3年半、逮捕以降の身柄拘束期間は約6年に及んでいた[4]。2015年に再審で無罪が確定し、約2800万円の刑事補償が与えられた。男性は警察や検察、裁判所の責任を問うべく、2016年に国と大阪府に約1億4千万円の支払いを求める国賠訴訟を起こしたが、大阪地裁により男性の請求は全て棄却された[12]。また、当時未成年だった兄妹に対する虚偽告訴罪や偽証罪による制裁が見送られた。これは、2015年の無罪判決時点で虚偽告訴罪は時効、偽証罪も間もなく時効という状況だったこと、当時まだ幼い兄妹が実の母親から強く問い詰められて嘘をつき、引っ込みがつかなくなったことで虚偽証言に至っていた流れが考慮されたことにあった。更に養父男性の再審請求で調査された2013年時点で母親と疎遠になっていた兄妹らが、5年の時に経ながらも真実を語った点も考慮された[11]

関連項目

脚注

注釈

  1. 告者が自己の記憶に反して主観的に虚偽だと思って申告をしても、それがたまたま客観的事実に一致しているのであれば、国の捜査権が害されることはないので、罪にはならない。

出典

参考文献

  • 山口厚『刑法各論 第2版』有斐閣、2010年。ISBN 978-4-641-04276-6。
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