菜摘ひかる
菜摘 ひかる(なつみ ひかる、 1973年 - 2002年11月4日[1])は、日本の風俗嬢、作家である[2]。
なつみ ひかる 菜摘ひかる | |
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生誕 | 1973年(昭和48年) 出身地不明 |
死没 | 2002年(平成14年)11月4日 (享年29) |
出身校 | 不明 |
職業 | 風俗嬢、作家 |
配偶者 | 離婚歴あり |
人物
風俗嬢とモデル業
高校三年で家を出てアパレル業界で働いた[3]。その後水商売に転じた[3]。風俗嬢として従事した職種は、SMクラブ、イメクラ、性感マッサージ、ホテトル、ソープランドなど多岐に渡った[6]。
風俗嬢として働く傍ら、エロ本のヌードモデルやマニア向けアダルトビデオのモデルなども行っていた。1996年(平成8年)には撮影のために街中で全裸になったとして公然猥褻罪容疑で逮捕された[6]。新宿警察署に勾留された後略式起訴されて有罪(罰金刑)となり、これを機にモデル業からは引退した[7]。
著述活動
1998年(平成10年)頃、大手商用パソコン通信サービスPC-VANの事務局直轄フォーラム「わかばマーク(WAKABA)」やSIG「SFデーターボックス(SFDB)」において、ハンドルネーム「ともみ」として活動。後の著作、『風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険』などで描かれることとなる風俗嬢としての経験などを披露した。このPC-VANでの活動を通して、フリーライター・夏原武と知り合い、自身もライターとしての活動を行うようになった。
私生活
一時期、結婚していた時期があった[3]。友人からは「絶対こんないい人と別れてはダメ!」と念をおされていたらしいが、自分から別居を経て離婚に至った模様が作品中に書かれている。両親、特に父親との確執[8]があり、精神的にも問題を抱えていた。
買い物依存や神経症の症状から精神科にも通っており、今では禁止になっている「向精神薬の多剤処方」を受けていた。日記では毎日デパートで化粧品を買ったり、洋服を買う依存を繰り返していた。薬の副作用と思われる症状で徐々に体を弱らせていき、最後の方は日々辛い様子が記してあった。
遺作になった「私はカメになりたい」が出来上がった時にはとても良い作品が出来たと語っており本人も意欲的に執筆活動を続けたい様子があった。
著作
脚注
- 文藝 2003, p. 109.
- 香山 2003, pp. 110, 111.
- 沢田一朗 (2003年6月17日). “TOKYO発 女のたたかいに共感 菜摘ひかる作品人気”. 中日新聞夕刊: p. 2
- 香山 2003, p. 113.
- 塩山芳明『出版奈落の段末魔 エロ漫画の黄金時代』アストラ、2009年
- 香山 2003, p. 114.
- 『うわさの裏本2』ワニマガジン社、1998年
- 香山 2003, pp. 117.
- 「菜摘ひかるさん友人一同」名義 (2002年11月19日). “<ご報告>”. 菜摘ひかるの性的冒険. 2002年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月16日閲覧。
- 香山 2003, p. 120.
- 香山 2003, p. 121.
- 文藝 2003.
外部リンク
- 菜摘ひかるの性的冒険 at the Wayback Machine (archived 1999-10-04) (-1999年)
- 菜摘ひかるの性的冒険 at the Wayback Machine (archived 2003-12-19) (1999年-2003年)