積水ハウス地面師詐欺事件

積水ハウス地面師詐欺事件(せきすいハウスじめんしさぎじけん)は、2017年6月1日に、積水ハウス地面師グループに土地の購入代金として55億5千万円を騙し取られた事件[1][2]

事件の舞台となった、「海喜館」(東京都品川区)。時価100億円すると言われていた土地であった。

概要

事件の舞台は、東京都品川区西五反田2-22-6、山手線五反田駅から徒歩3分の立地にある旅館「海喜館(うみきかん)」。不動産業界ではかねて注目の案件だった。積水ハウスは所有者を名乗る女と、約600坪の旅館敷地を70億円で購入する売買契約を締結。6月1日に売買の窓口となった「IKUTA HOLDINGS株式会社」(千代田区永田町)に所有権移転の仮登記、さらに同日、積水ハウスに移転請求権の仮登記がなされ、同日、売買代金70億円のうち63億円を支払い、直ちに所有権移転登記を申請した。 しかし、売買は成立しなかった。6月24日、「相続」を原因に都内大田区の2人の男性(所有者の実弟とされる)が所有権を移転。7月4日に登記。所有者は亡くなっていた。

登記所が積水ハウスの売買予約に基づく仮登記を認めず、2人の実弟とされる男に所有権の移転を認めた。この時点で、63億円を支払った積水ハウスは、所有者の成りすまし女とそのグループに騙されたことになる。積水ハウスが騙されたことを認めたのは、8月2日だった[3][1]。 なお、同時期に旭化成グループが正式な所有者から土地を取得、現在高層マンションを建設中である。

経緯

旅館「海喜館」の所有者の元にはリーマンショック前あたりから不動産会社の営業マンやマンションディベロッパーの社員が寄っていたが、所有者は断固としてその土地の売却を拒み、次第に客を装って接客時に旅館売却を迫る不動産関係者に嫌気が差して所有者は常連以外を宿泊させなくなった。「海喜館」は2015年3月に廃業となったが、所有者は尚も売却せずに旅館に居住し続けた。

この事件で地面師と積水ハウスの中間業者(以下、中間業者)は、元々アパレル会社の経営者であったが、不動産取引に転身して「海喜館」の土地を狙った。

マンション事業を行う事業部の営業次長に、元旅館「海喜館」の土地を売却するという話が2017年4月3日に持ち込まれる。土地所有者はパスポート印鑑証明で本人確認ができる状況であった。中間業者は所有者とされる人物に対して申込証拠金2000万円を交付した。4月13日に仲介役と積水ハウスの次長・課長は条件面を打ち合わせた。同日、地面師は「所有者はマンション購入資金として3億円の調達を急いでいる。申込証拠金だけだと翻意するかもしれない。他にも購入希望者は沢山いるので急いだ方が良い」と積水ハウス側に対して取引を急かした。積水ハウスは、稟議決裁を行った後、4月24日に売買契約を締結し、手付金14億円を支払った。一旦中間業者が買取り、それを積水ハウスが買うという契約で、中間業者の買取価額60億円、積水ハウスの買取価額は70億円であった。この後、所有権移転の仮登記が完了。時価100億円すると言われていた土地であった。6月1日に残金の支払いを行なわれ、建物取り壊し後に支払う留保金7億円を除いた残金49億円が支払われた[1]

6月6日、法務局から不動産の本登記却下の連絡が入る。ここで偽の所有者から土地を購入していたことが判明[1]

6月24日、所有者が亡くなったらしく「相続」を原因に都内大田区の2人の男性(所有者の実弟とされる)が所有権を移転。7月4日に登記[3]

その後、旭化成不動産レジデンスが真正の所有者から土地を取得[4]。2021年4月より、213邸30階建・高さ105mの超高層マンション・アトラスタワー五反田が建設中である[5]

詐欺が成功した要因

  • 不動産会社が地面師対策として通常実施する「知人による確認」を実施しなかった。取引をしようとする「所有者」の写真を近隣住民や知人に見せる方法で行われる本人確認手法の一種である。真の所有者は当旅館で生まれ育っているため、近隣で知らないものはないほどであったのに、これを怠った[3]
  • 土地購入の承認を得るための稟議書承認の際、4名の回議者が飛び越され、予め現地視察をしていた社長が先に承認した。回議者全員が押印したのは手付金支払後だったとも報道された[3]。当時不動産部長だったKは、「この取引はおかしい」と言い続けたが、阿部俊則社長や東京マンション事業本部長の常務らは、取引相手のネガティブ情報を伏せ、最終的にKに捺印させた。Kの証言では、取引前の2017年5月10日に積水ハウス本社法務部宛に送られてきた内容証明郵便について、怪文書の類とみなし不動産部には伝えなかった[6]
  • 積水ハウスが手付金支払いと仮登記を行った後に、真の所有者から「売買契約はしていない、仮登記は無効である」などと記載された内容証明郵便4通が届けられ、さらにその一通には印鑑登録カードの番号が記載されていたにもかかわらず、積水ハウスはこれらを土地売買を知った者による妨害行為と思いこんで、偽の所有者から内容証明郵便を送っていない旨を記載した確約書を入手する程度の対応しか取らなかった[3]。当時本当の所有者が長期入院中で面会謝絶となっており「なぜ登記を確認し、内容証明書類を作成できたのか」と不審視される点があったのが、積水ハウス側が真正の通知書と信じられなかった要因とされる。
  • 妨害行為と思いこんだ積水ハウス側はこれに対応するため、残代金の決済日を約2か月早めて6月1日にした。残代金支払日の6月1日には、真の所有者の通報により現地に来た警察官は、積水ハウス社員に対して警察署への任意同行を求めた。残金支払手続中のことで、この連絡を受けた積水ハウス担当者は妨害行為だと思い、そのまま支払手続を完了した[3]
  • 地面師は、これ以前に複数の不動産会社に声を掛けていたが、所有者の本人確認ができないという理由で断られていた[3]
  • 積水ハウスは、都心でのマンション用地買収は得意分野ではなかったが、マンション事業部はこの案件を是非とも進めたい一心で、稟議承認の前に社長に現地を見せ、その後、社長による飛び越し承認があった。社内では「社長案件」と呼ばれるようになっていた。マンション建設用地を確保したいという社内の勢いが強く、その承認体制が機能しなかったといわれる[3]

事件発覚前から指摘されていた不審点

  • 最終打ち合わせの際にパスポートの表記が正式なものと異なる部分があったという指摘があり、さらに地面師が「取りに行った際に仲間と所有者が喧嘩になって揉め事が起こるといけないので」と土地の権利書なしで本人確認情報でと登記申請をしようと申し出るなどしていた。他にも偽の所有者は、自分の誕生日を忘れる、自分の干支を間違えるなどしていた。
  • 偽の所有者に現住所の記載を求めた際、番地が書き間違えられていた。
  • 支払いには銀行振込ではなく換金が容易で引き出しなどの記録が残らない預金小切手が決済方法として利用された。
  • 取引相手が中間業者の会社で、途中で前株から後株になり[注釈 1]、代表者も別のペーパーカンパニーとなっていた。

内紛

積水ハウスが入居する梅田スカイビル

同社は2008年4月以来、「和田会長-阿部社長」の体制を続けてきた。この事件により、事態は急変。和田と阿部が対立し、和田が解任に追い込まれるなど「お家騒動」に発展。2018年1月24日取締役会では、和田が「詐欺事件について責任を明確化する」として、阿部の社長解任動議を出したものの否決。その後、阿部が「新しいガバナンス体制を構築する」として、和田を解任する動議を出したところ、和田が辞任を表明。事実上の解任とみられた。和田は阿部の責任を追及したはずが、返り討ちにあったといわれる。「内紛劇」が表面化して以降、同社株は下落が続いた。2018年1月期決算を発表した3月8日、同社は企業統治の強化策を公表。代表取締役の70歳定年制、女性社外役員の登用による役員構成の多様化を打ち出した。阿部は6項目の改善策について「全社的に取締役会の大改革に不退転の決意で取り組む」ことを強調した。4月26日付の役員人事では社外取締役、社外監査役を各1人増員し、それぞれ女性を起用[7]

2020年4月23日、阿部俊則会長ら取締役選任議案が可決され、和田前会長らによる経営陣刷新の株主提案が否決される[8]

2021年3月4日、同社は会長を務めていた阿部俊則が退社すると発表。退任後に積水ハウスの特別顧問に就き、会長職は空席となる[9]

訴訟

刑事訴訟

  • 詐欺グループ10人は、詐欺などの罪で有罪判決を受け、2021年現在一部は確定[10]

民事訴訟

  • 2021年1月27日 - 積水ハウスが、詐欺グループ10人に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(鈴木昭洋裁判長)は、争わなかった5人に計10億円を支払うよう命じた[10]
  • 2022年5月20日 - 株主が当時社長だった阿部俊則と当時の副社長に賠償を求めた株主代表訴訟の判決で、大阪地裁(谷村武則裁判長)は、「経営判断の裁量範囲にとどまる」として請求を棄却した[11]。12月8日、大阪高裁は株主側の控訴を棄却した[12]

脚注

注釈

  1. 「株式会社●●」が「●●株式会社」に変更になった(「●●」部分は同一の文字列)。

出典

  1. 積水ハウスの地面師事件を考える”. M&A Online (2020年6月10日). 2021年3月3日閲覧。
  2. 55億円だまし取られた積水ハウス 新旧会長対立の結末”. 朝日新聞 (2020年6月15日). 2021年3月3日閲覧。
  3. 積水ハウスから63億円をだまし取った「地面師」の恐るべき手口 実行犯の「偽装証明書」を入手した 伊藤博敏”. 現代ビジネス(講談社 (2017年8月3日). 2021年3月3日閲覧。
  4. “五反田のあの旅館跡が更地に 地面師に転がされ…最後は旭化成グループが取得”. 東京新聞. (2020年6月22日). https://www.tokyo-np.co.jp/article/37074 2021年3月4日閲覧。
  5. “地面師事件、五反田「55億円の土地」に30階建てタワマン建設が決定 旭化成グループ、4月着工”. 東京新聞. (2021年2月16日). https://www.tokyo-np.co.jp/article/86336 2021年3月4日閲覧。
  6. 積水ハウス地面師事件 「会長は不正取引を知っていた」元不動産部長が実名証言”. 文春オンライン (2020年4月8日). 2021年3月3日閲覧。
  7. 積水ハウス"お家騒動"ともうひとつの危機 前門のお家騒動、後門の市場縮小”. PRESIDENT Online (2018年4月13日). 2021年3月5日閲覧。
  8. 積水ハウス、前会長“和田の乱”はなぜ失敗?現経営陣、前代未聞の奇策で逆転勝ち”. Business Journal (2020年5月8日). 2021年3月5日閲覧。
  9. 積水ハウス、阿部会長が4月退任 地面師事件に区切り”. 共同通信 (2021年3月4日). 2021年3月5日閲覧。
  10. 地面師5人に10億円賠償命令 積水ハウス詐欺被害”. 日本経済新聞 (2021年1月27日). 2021年3月3日閲覧。
  11. “積水ハウス元会長らの責任認めず 地面師事件の株主訴訟―大阪地裁”. 時事ドットコム. (2022年5月20日). https://www.jiji.com/sp/article?k=2022052000984&g=soc 2022年5月20日閲覧。
  12. “積水ハウス株主の控訴棄却、地面師詐欺被害 大阪高裁”. 日本経済新聞. (2022年12月8日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF081NB0Y2A201C2000000/ 2022年12月8日閲覧。

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