白州蒸溜所

白州蒸溜所(はくしゅうじょうりゅうじょ、Hakushu Distillery)は、山梨県北杜市白州町にあるジャパニーズ・ウイスキーの蒸留所。サントリー山崎蒸溜所に次いで二番目に設立したウイスキー蒸留所であり、周囲を森林で囲まれていることから「森の蒸留所」と称されている。

白州蒸溜所
Hakushu distillery
地域:日本
所在地 日本の旗 日本, 山梨県北杜市白州町鳥原2913-1[1]
座標 北緯35度49分36秒 東経138度18分1秒
所有者 サントリー[2]
創設 1973年[2]
創設者 サントリー[2]
現況 稼働中
水源 甲斐駒ケ岳伏流水[3]
蒸留器数

歴史

設立の背景

1976年(昭和51年)撮影の白州蒸溜所付近の空中写真。画像下部を左から右に流れる、神宮川左岸に開けた扇状地上に立地している。2011年現在、施設は更に拡張している。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

白州蒸溜所は1973年に設立された。1973年は山崎蒸溜所の創業から50周年の年であり、サントリー2代目社長佐治敬三の指揮のもと、山崎に次ぐ二つ目のモルトウイスキー蒸溜所として設立された[3][5]。建設の背景として、当時の日本はサントリーオールドトリスウイスキーに端を発するウイスキーブームのさなかであり、それらの原酒の確保が設立の目的であった[6]

蒸留所の立地は南アルプス甲斐駒ケ岳の麓、海抜708メートルに位置し[注釈 1]、周囲は森林に覆われている[5]。敷地面積はおよそ82万5000平方メートルと日本のウイスキー蒸溜所としては最大で、世界的に見ても最大級の広さである[3][5][7]。ただし、敷地のうち83%は自然環境保護のために未開発であり[5]、森林に囲まれた様子から「森の蒸留所」とも呼ばれている[2]

生産スタイルの変遷

白州最初の蒸留所(白州西)は1973年の2月に完成し、6対12基のポットスチルを備えていた。その後1977年には白州西に2つ目の蒸留棟が増設された。当時の白州は2つの蒸留棟を合わせてポットスチルが12対24基、マッシュタン4基、ステンレス製ウォッシュバック44基を備えた世界最大級のモルトウイスキー蒸留所であった[5][8]。評論家のドミニク・ロスクロウは、最盛期の白州は年間3000万リットルのウイスキーを生産する世界最大の蒸留所であったと評している[9]。この頃の白州は初留器・再留器それぞれサイズおよび形状が統一されており、まったく同じ風味のモルトウイスキーを大量生産する蒸留所であった[10]

1981年、白州に新たな蒸留棟(白州東)が建設された[8]。この蒸留棟は従来の白州西とは異なり、蒸留器は小さめで形状も多種多様であった。これはサントリーがさまざまな種類の原酒を取り揃える方向に方針転換したためである[10]。白州東の新設に伴い白州西は閉鎖され、1977年建設の蒸留棟は解体、1973年建設の蒸留棟は2018年時点では現存しているものの一切稼働していない[10]。そのため2022年現在に「白州蒸溜所」と呼ばれている建物は1981年に建てられた白州東を指している[8]。1981年の白州東の設立について、2012年当時の白州蒸溜所の工場長である前村久は「より繊細かつ複雑でバラエティ豊かなウイスキーを作るためのこうした取り組みは、ここ白州蒸溜所で成功し、平成元年の山崎蒸留所の大改修につながりました。そういった意味では白州はサントリーのいまのウイスキー造りの原点と言えるかもしれません」と述べている[7]

その後も2005年、2014年に蒸留器の改修・増設が行われており、2022年現在では8対16基の多種多様な蒸留器が稼働している[11][8]

製造

製麦・仕込み・発酵

マッシュタン
木製のウォッシュバック

白州で使用する大麦麦芽はすべてイギリスから輸入されており[12]製麦は行っていない[13]。麦芽のピートはノンピートから40 ppmまでさまざまなものを使用している[12][4]

仕込み水には甲斐駒ケ岳の伏流水を使用しており[3]硬度およそ30の軟水である[13]。甲斐駒ケ岳の麓は尾白川神宮川によって形成された沖積扇状地であり、花崗岩層で磨かれた尾白川の水は名水百選に選定されている[3][12]。なお、サントリーが販売する南アルプスの天然水は白州の敷地内で採水されている[3]

マッシュタン(糖化槽)はスレンレス製のフルロイタータンが1基で、容量は13万リットル。一度の仕込みに使う麦芽は10~18トンであり[12][8]、得られる麦汁量はおよそ5万5000リットル[13]

ウォッシュバック(発酵槽)はすべてベイマツ製の木桶で、容量7万5000リットルのものが18基ある。温度調節機能はない[4][12]。木製のウォッシュバックは乳酸菌が棲みつくことでクリーミーな香味につながるとされている[14]。過去に白州西で使われていたウォッシュバックはすべてステンレス製だったが、白州東の設立時にすべて木製のものに切り替わった。1981年当時は12基で、2011年に2基、2012年に4基が増設されている[12]発酵に用いる酵母は外部から購入したウイスキー酵母と自社培養のビール酵母を併用している[4][15]。発酵にかかる時間は65 - 75時間[4]

蒸留

ポットスチル

白州のポットスチルは初留・再留合わせて全部で16基ある[12]。形状・サイズは様々であり、これほど多様なポットスチルを備えた蒸留所は世界的にも珍しい[16]。これらの多彩なポットスチルを使い分けることで多彩な原酒を造り分けている[8]。グレーン用の連続式蒸留器については「#白州グレーン」を参照のこと。

初留器はストレートヘッドが5基、ランタンヘッドが3基の合計8基ある。ネックの長さやラインアームの角度はすべて異なり、サイズも9000 - 2万4000リットルと幅広い。加熱方式はすべてガスによる直火加熱で統一されている。冷却装置は、7基がシェル&チューブで1基がワームタブを採用している。蒸留にかかる時間は7 - 8時間[4]

再留器はストレートヘッドが6基、ランタンヘッドが2基で、サイズは4000 - 1万4000リットル。すべて蒸気による間接加熱式で、冷却装置はすべてシェル&チューブである。蒸留にかかる時間は7 - 8時間[4]

熟成・瓶詰め

クーパレッジで行われているチャーリング(樽の内側を焦がす工程)

白州にはラック式の熟成庫が18棟あり[13]、2012年時点でおよそ40万樽を熟成していた[7]。白州の原酒は必ずしも白州で熟成されるわけではなく、山崎蒸溜所もしくは近江エージングセラーに運ばれる場合もある。なお、過去には白州近くの八ヶ岳の麓にも熟成庫があったが、これは2008年に取り壊されている[17]。樽詰め時のアルコール度数は63.5度未満で、熟成環境によって適切な度数に調整される。樽は主にアメリカンホワイトオークバーボン樽もしくはホグズヘッド樽が使われる[4]。なお、スパニッシュオーク樽やパンチョンといった大型の樽は山崎で熟成させることが多い[18]

白州は創設期から敷地内にクーパレッジ(製樽工場)があり、木材を加工して新樽を作るほか、空き樽を再利用するための加工、補修なども自社で行われている[11][4]

白州グレーン

2010年12月、白州にグレーンウイスキーを製造するための設備が導入された[19]。蒸留器には特注のカフェ式連続蒸留器を導入し、糖化用のクッカー[注釈 2]および発酵用のステンレス製ファーメンター[注釈 3]6基もあわせて導入している[4][21]。その後およそ2年のテスト期間を経て、2013年5月に正式にグレーンウイスキーの生産が始まった。2013年は白州の設立40周年の年であった[17]

白州の連続式蒸留器は知多蒸溜所の10分の1以下の生産規模であり、もっぱら多彩な原酒を作るための調査実験に用いられる[22]トウモロコシ以外にも様々な原料を使うことができるほか、酵母を変えたり、スピリッツのアルコール度数も60%から94%に調整できる。これによって多様なフレーバーの原酒を得られるほか、原料の風味を従来のグレーンウイスキーより強く原酒に反映させることが可能である[23][4][19]。また、2019年には知多蒸溜所にもカフェ式連続蒸留器が導入されているが、これは白州での知見をもとに大型化して設置されたものである。そのため2023年現在では白州のカフェ式蒸留器で実験を行い、その結果を踏まえて知多のカフェ式蒸留器で量産を行う体制を取っている[24]

評論家のステファン・ヴァン・エイケンは白州グレーンのニューメイク[注釈 4]の味わいを「穀物由来のふっくらとした味わいが印象的」だと述べている[19]

製品

一番左が白州。

白州の原酒は「」をはじめとしたサントリーのブレンデッドウイスキーに使われるほか[26]シングルモルトウイスキーとしては1994年に「白州12年」を、2006年に「白州18年」を、2008年に「白州25年」を、2012年に「白州」(ノンエイジ[注釈 5])をそれぞれ発売している[13]


白州が使用されているブレンデッドウイスキー

評価

風味

評論家のチャールズ・マクリーンは「白州のシングルモルトには蒸溜所の土地柄が反映されている。優しく軽快で、さわやか」だと述べている[16]。ウイスキー文化研究所の西田嘉孝は白州の特徴について「ほのかなスモーキーフレーバーと新緑のようなアロマを持つ」と述べている[18]。評論家のドミニク・ロスクロウは白州モルトの味わいについて「フレッシュ、クリーン、フルーティー」と評している[31]

バーテンダーの谷嶋元宏は2012年発売のシングルモルト白州(ノンエイジ)について下記のようにテイスティングしている[32]

点数:78点[注釈 6]

アロマ:全体に穏やかで優しく落ち着いている印象。爽やかな柑橘系やミント、和三盆、シナモン。奥からピート、熟した杏や黄梅。

フレーバー:アタックで熟した果実の甘味をほんのり感じ、その後ややしっかりした酸が全体を引き締めながら広がる。ピートやシェリー、梅の風味が残る。

総合評価:全体に穏やかではあるが、様々なニュアンスが感じられ複雑な印象。

受賞歴

出典はすべてサントリーの製品公式HPによる[34]

年代 競技会 商品名
2006年 ISC 白州18年 金賞
2007年 IWSC 白州18年 金賞(ベスト・イン・クラス)
2008年 ISC 白州25年 金賞
2009年 IWSC 白州12年 金賞(ベスト・イン・クラス)
ISC 白州18年 金賞
IWSC 白州25年 金賞(ベスト・イン・クラス)
2010年 IWSC 白州12年 金賞(ベスト・イン・クラス)
ISC 白州18年 金賞(ベスト・イン・クラス)
IWSC 白州18年 最高賞(トロフィー)
ISC 白州25年 金賞
2011年 SWSC 白州12年 最優秀金賞
IWSC 白州25年 金賞
2012年 SWSC 白州12年 金賞
ISC 白州12年 金賞
ISC 白州25年 最高賞(トロフィー)
2013年 SWSC 白州12年 最優秀金賞
ISC 白州18年 金賞
ISC 白州25年 金賞
2014年 SWSC 白州12年 金賞
ISC 白州18年 金賞
ISC 白州25年 金賞
2015年 SWSC 白州18年 金賞
ISC 白州25年 金賞
2016年 SWSC 白州12年 最優秀金賞
ISC 白州18年 金賞
SWSC 白州18年 最優秀金賞
ISC 白州25年 金賞
2017年 ISC 白州18年 金賞
ISC 白州25年 金賞
2018年 ISC 白州25年 最高賞(トロフィー)
WWA 白州25年 ワールドベスト・シングルモルトウイスキー

付属施設

ウイスキー博物館
バードサンクチュアリ
蒸溜所を含む一帯の森林はユネスコエコパークに指定されており、およそ60種の野鳥の保護区となっている[3][4]。サントリーはこのことについて「野鳥は地域の水質の変化に非常に繊細で、それ故によいバロメーターになる」と述べている[5]
ウイスキー博物館
1979年に寿屋創立80周年を記念してオープンした。山崎蒸留所にかつて存在しキルンを模した建物であり[11]、ウイスキーの歴史にまつわる資料が展示されている[13]

脚注

注釈

  1. 山崎は海抜25メートル[5]
  2. スコッチ・ウイスキーにおけるマッシュタン(糖化層)と同じ役割のもので、バーボン・ウイスキーにおいてはクッカーと呼ばれることが多い[20]
  3. スコッチ・ウイスキーにおけるウォッシュバック(発酵槽)と同じ役割のもので、バーボン・ウイスキーにおいてはファーメンターと呼ばれることが多い[20]
  4. 蒸留によって得られる無色透明なスピリッツのこと。ニューポットとも呼ばれる。熟成を経ていないため無色透明で、度数は一般的に70度前後のことが多い[25]
  5. 熟成年数表記のないボトルのこと[27]
  6. 採点は100点満点で、75点を平均点としている[33]

出典

  1. アクセス|サントリー白州蒸溜所”. suntory.co.jp. 2023年5月23日閲覧。
  2. 土屋守 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 158.
  3. 土屋守 2007, p. 256.
  4. 土屋守 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 160.
  5. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, p. 104.
  6. Whisky World & 2015-8, p. 13.
  7. Whisky World & 2012-4, p. 5.
  8. 土屋守 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 159.
  9. Dominic Roskrow 2016, p. 77.
  10. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, p. 105.
  11. 土屋守 2007, p. 257.
  12. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, p. 106.
  13. サントリー白州蒸溜所 - JWIC”. sjwic.jp. 2023年5月28日閲覧。
  14. Whisky World & 2011-2, p. 7.
  15. 土屋守 & 2023-4, p. 32.
  16. チャールズ・マクリーン 2017, p. 295.
  17. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, p. 107.
  18. ウイスキー文化研究所 & 2022-4, p. 43.
  19. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, p. 108.
  20. 土屋守 2007, p. 96.
  21. Whisky World & 2013-8, p. 24.
  22. ステファン・ヴァン・エイケン 2018, pp. 107–108.
  23. 西田嘉孝 2021, p. 27.
  24. 土屋守 & 2023-4, p. 33.
  25. 西川大五郎 2022, p. 185.
  26. 土屋守 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 161.
  27. Whisky World & 2012-6, p. 16.
  28. 土屋守 2014, p. 222.
  29. 土屋守 2014, p. 219.
  30. 西川大五郎 2022, p. 152.
  31. Dominic Roskrow 2016, p. 80.
  32. Whisky World & 2012-8, p. 74.
  33. Whisky World & 2012-8, p. 71.
  34. 製品ラインナップ シングルモルトウイスキー白州 サントリー”. suntory.co.jp. 2023年6月4日閲覧。

参考文献

  • 土屋守; ウイスキー文化研究所『ジャパニーズウイスキー イヤーブック 2023』ウイスキー文化研究所、2022年。ISBN 978-4-909432-40-7。
  • ステファン・ヴァン・エイケン 著、山岡秀雄 訳『ウイスキー・ライジング ジャパニーズ・ウイスキーと蒸溜所ガイド決定版』小学館、2018年。ISBN 978-4-09-388631-4。
  • チャールズ・マクリーン; デイヴ・ブルーム,トム・ブルース・ガーダイン,イアン・バクストン,ピーター・マルライアン,ハンス・オフリンガ,ギャヴィン・D・スミス 著、清宮真理,平林祥 訳『改訂 世界ウイスキー大図鑑』柴田書店、2017年。ISBN 978-4388353507。
  • Dominic Roskrow (2016). Whisky Japan : the essential guide to the world's most exotic whisky. Kodansha USA. ISBN 978-1568365756
  • 西川大五郎『ウイスキー図鑑 世界のウイスキー218本とウイスキーを楽しむための基礎知識』マイナビ出版、2022年。ISBN 978-4-83998-100-6。
  • 「[記念インタビュー]ジャパニーズウイスキーの次なる100年へ 未来を見据えたビームサントリーの挑戦」『Whisky Galore(ウイスキーガロア)』第37巻、ウイスキー文化研究所、2023年4月、30-35頁、ASIN B0BTSHY52S
  • 「ジャパニーズウイスキー最前線 第三弾」『Whisky Galore(ウイスキーガロア)』第31巻、ウイスキー文化研究所、2022年4月、4-69頁、ASIN B09TMSBL1K
  • 「ビームサントリー大研究」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第29巻、ゆめディア、2015年8月、2-47頁、ISBN 978-4-905131-86-1。
  • 「日本の蒸留所 その1」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第17巻、ゆめディア、2013年8月、20-37頁、ISBN 978-4-905131-46-5。
  • 「The Tasting 話題のボトルを飲む」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第11巻、ゆめディア、2012年8月、70-74頁、ISBN 978-4-905131-30-4。
  • 「新しい山崎、白州 驚きのノンエイジ」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第10巻、ゆめディア、2012年6月、16-17頁、ISBN 978-4-905131-28-1。
  • 「ニッポンの蒸溜所 日本のウイスキー」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第9巻、ゆめディア、2012年4月、2-45頁、ISBN 978-4-905131-25-0。
  • 「ジャパニーズウイスキーの行方」『Whisky World(ウイスキーワールド)』第2巻、ゆめディア、2011年2月、2-19頁、ISBN 978-4-905131-06-9。

関連項目

外部リンク

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