徳島藩松帆台場跡
概要
幕末の安政5年(1858年)、徳川幕府将軍家茂の幕命を受けた徳島藩により着工、文久元年(1861年)竣工。
建設の目的は、明石海峡対岸の明石藩舞子台場跡(国の史跡)と対になって両岸から黒船を挟撃することであったが、一度も使用されることはなく現在に至っている。台場はM字状になった堡塁を石垣で補強、大砲13門が設置されていた。砲台は真北にむいている。
現在は神戸製鋼の保養所「ゆうなぎ荘」敷地になっている。
交通アクセス
- 神戸淡路鳴門自動車道淡路ICから国道28号及び兵庫県道31号福良江井岩屋線道の駅あわじ付近
- 岩屋港から淡路交通バス松帆の浦バス停下車
脚注
- “文化遺産オンライン「徳島藩松帆台場跡」”. 文化庁. 2015年6月21日閲覧。
- “ひょうご歴史ステーション「兵庫伝説紀行」”. 兵庫県立歴史博物館ネットミュージアム. 2015年6月21日閲覧。
- “コトバンク「長坂三知」”. 朝日新聞. 2015年6月21日閲覧。
外部リンク
- 文化遺産オンライン
- 史跡徳島藩松帆台場跡〜遺跡に秘められた幕末のドラマ〜
- “ひょうご歴史ステーション”. 兵庫県立歴史博物館ネットミュージアム. 2015年6月21日閲覧。
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