姉崎天神山古墳
姉崎天神山古墳(あねさきてんじんやまこふん)は、千葉県市原市姉崎にある古墳。形状は前方後円墳。姉崎古墳群を構成する古墳の1つ。千葉県指定史跡に指定されている。
姉崎天神山古墳 | |
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墳丘全景(右に後円部、左奥に前方部) | |
所属 | 姉崎古墳群 |
所在地 | 千葉県市原市姉崎2489 |
位置 | 北緯35度28分27.56秒 東経140度3分14.25秒 |
形状 | 前方後円墳 |
規模 |
墳丘長128m(推定全長130m) 高さ14m(後円部) |
埋葬施設 | 不明 |
出土品 | なし |
築造時期 | 4世紀前半-中頃 |
史跡 | 千葉県指定史跡「姉崎天神山古墳」 |
地図 |
姉崎天神山古墳 |
概要
養老川下流左岸の台地上に築造された大型前方後円墳である[1]。姉崎地域では、大型前方後円墳数基を含む姉崎古墳群の築造が知られ、本古墳はそのうちの1基になる。本古墳のくびれ部には後世に建てられた菅原神社(天神社)が鎮座しており、古墳名はこれに由来する[2]。これまでに発掘調査は実施されていない[1]。
墳形は前方後円形で、前方部を西方に向ける[1]。墳丘長は現存128メートル(推定130メートル)を測り、姉崎古墳群中では最大規模、房総地方でも前期古墳としては最大規模になる[1]。前方部は未発達で古い様相を示す[1]。墳丘周囲では、南側から東側にかけてのみ周溝が巡らされたと見られている[1]。発掘調査がなされていないため埋葬施設は明らかでなく、埴輪などの遺物も得られていない。
この天神山古墳は、墳形・立地から4世紀前半-中頃(古墳時代前期)の築造と推定される[1]。姉崎古墳群は『先代旧事本紀』「国造本紀」に見える上海上国造の首長墓群と想定され、本古墳もその1つとされる[3]。姉崎古墳群中では今富塚山古墳に後続し[1]、釈迦山古墳に先行する築造とされる[3]。なお、本古墳の南西側では円墳として宝蔵寺古墳・宝蔵寺2号墳があったが、現在は失われている[1]。
墳丘
墳丘の規模は次の通り[3]。
- 墳丘長:128メートル(推定全長130メートル)
- 後円部
- 直径:60メートル
- 高さ:14メートル
- 前方部
- 幅:55メートル
- 長さ:65メートル
- 高さ:8メートル
- くびれ部
- 幅:32.5メートル
- 高さ:10メートル
文化財
千葉県指定文化財
- 史跡
- 姉崎天神山古墳 - 昭和43年4月9日指定[2]。
脚注
- 姉崎天神山古墳(続古墳) & 2002年.
- 姉崎天神山古墳(千葉県ホームページ)。
- 千葉県の歴史 資料編 考古2 & 2003年, pp. 682–683, 686.
参考文献
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