分配関数
統計力学において、分配関数(ぶんぱいかんすう、英: Partition function)または状態和(じょうたいわ、英: state sum, sum over states)は、ある系の物理量の統計集団的平均を計算する際に用いられる規格化定数を指す。単に分配関数と呼ぶときはカノニカル分布における分配関数を指し、ドイツ語で状態和を表す語Zustandssummeに由来する記号Zで表す[1]。一方、グランドカノニカル分布において同様の役割を担う関数を大分配関数(だいぶんぱいかんすう、英: Grand partition function)と呼び、あるいはで表す。
分配関数
系の取りうる全ての状態の集合を Ω とし、系が状態 ω∈Ω にあるときのエネルギーを とするとき、分配関数 Z(β) は
によって定義される。和の中の はボルツマン因子と呼ばれる。カノニカルアンサンブルは熱浴と接触する閉鎖系を表現するアンサンブルである。パラメータ β は熱浴を特徴づける量で、熱浴の温度と解釈される。熱力学温度 T とは β=1/kT の関係にあり、逆温度と呼ばれる。k はボルツマン定数である。分配関数に定数を乗じることはエネルギーの基準値をずらすことに等しい。分配関数の大きさそのものには意味がない。
量子系
量子系においては、系の状態はヒルベルト空間上の状態ベクトル で表される。ある状態における物理量は量子論的な演算子で与えられ、特にエネルギーはハミルトン演算子 で与えられる。したがって、分配関数は
となる。 状態ベクトルはパラメータ n で指定される正規直交完全系 により
と展開される。状態ベクトルに対する和は展開係数に関する積分に置き換えられるので
となる。分配関数の大きさそのものには意味がないので係数 C を除くことができて、最終的には
となる。トレースを用いれば
と表現できる。
量子系では通常はハミルトン演算子を対角化するエネルギー固有状態を用いて表現される。エネルギー量子数 i と対応するエネルギー固有値 Ei により
となる。 ここで ∑i は全てのエネルギー固有状態についての和であり、縮退などがある場合には注意を要する。
大分配関数
系の取りうる全ての状態の集合を Ω とし、系が状態 ω∈Ω にあるときのエネルギーを 、粒子数を とするとき、大分配関数 Ξ(β,μ) は
によって定義される。グランドカノニカルアンサンブルは熱浴、粒子浴と接触する解放系を表現するアンサンブルである。パラメータ μ は粒子浴の化学ポテンシャルである。
熱力学との関係
分配関数は統計力学を熱力学に関係付ける上で重要な関数である。 系のヘルムホルツエネルギー F(β) は
で定義される。 温度の関数として表されたヘルムホルツエネルギーは完全な熱力学関数であり、系の熱力学的な性質の全てを導くことが可能である。 この式はカノニカルアンサンブルにおいて、マクロな熱力学関数をミクロな統計力学に基づいて導く式である。
大分配関数を用いて定義される
はグランドポテンシャルと呼ばれる。温度と化学ポテンシャルの関数としてのグランドポテンシャルも完全な熱力学関数であり、グランドカノニカルアンサンブルにおいて、統計力学に基づいて熱力学関数を導く式である。
別の表現として、逆温度 β の関数として表された以下の関数も完全な熱力学関数になっている。
Ψ をマシュー関数、 q をクラマース関数という。
分配関数の間の関係
熱力学関数どうしがルジャンドル変換で関係づけられていることに対応して、分配関数はラプラス変換を通じて結びついている[2]。状態密度 Ω(E, V, N)、分配関数 Z(β, V, N) および大分配関数 Ξ(β, V, μ) の間には
の関係がある。
また、等温定圧集団については分配関数 Z(β, V, N) から
で与えられるT-P分配関数を用いて、
でギブス自由エネルギーを表すことができる。
脚注
- W. グライナー(1999)
- 鈴木彰; 藤田重次『統計熱力学の基礎』共立出版、2008年、179-180,184頁。ISBN 978-4-320-03456-3。
参考文献
- W. グライナー、L. ナイゼ、 H. シュテッカー『熱力学・統計力学』伊藤伸泰、青木圭子(訳)、シュプリンガー・フェアラーク東京〈グライナー物理テキストシリーズ〉、1999年。ISBN 978-4431707851。