複素数の偏角
数学において、複素数の偏角(へんかく、英: argument of complex)とは、複素数平面上で複素数が表す点の動径が表す一般角のことである。複素数 z の偏角は記号で arg z で表す。偏角はラジアンで表す。
複素数を極形式表示することで、絶対値と偏角が得られる。これにより、複素数の乗除が簡明に行うことができる。
複素数に対する偏角は、2π の任意の整数倍を足す分だけ表し方がある。つまり、多価関数である。そこで表示を一意にするには、主値を決め、区間 (−π, π] などに制限する。
2π の任意の整数倍の差を除いて次の等式が成り立つ:
- arg zw ≡ arg z + arg w
- arg z/w ≡ arg z − arg w
- (何れも mod 2π)
定義
複素数 z = x + yi の偏角は、arg z と書かれ、正の実軸から動径 Oz までの角度を反時計回りに測った角度である。弧度法で表示する。時計回りに測ると負になる。
複素数に対する偏角の表示を一意にするために、主値を区間 (−π, π] に制限する。[0, 2π) にすることもある。
主値を (−π, π] にすると、逆正接関数 tan−1 を用いて次のように表せる:
上記の式には条件分岐が多数あるが、符号関数 sgn やヘヴィサイドの階段関数 H(x) を用いることで次のようにまとめることもできる:
0 × (0 除算を含む式) = 0 と形式的に考えることで、更にまとめることもできる:
あるいは、逆余弦関数 cos−1 や逆正弦関数 sin−1 を用いて次のように表すこともできる:
ここで、|z| は複素数の絶対値で、|z| = √x2 + y2 である。
主値を [0, 2π) にするには、上記の定義で、負となる偏角の値に対しては 2π を加えることにすればよい。
基本的な性質
- cos(arg z) = Re z
- sin(arg z) = Im z
- arg z = − arg z
- arg 0 は不定
主値をとる偏角
主値 (−π, π] における偏角の値を、記号で Arg z(最初の文字を大文字)で表すことがある。表記には揺れがあり、arg と Arg が文献によって逆になることもあることに注意。
数値計算
複素数 z = x + yi の偏角は逆正接関数 arctan y/x で表せる。
x > 0 のとき、すなわち −π/2 < Arg z < π/2 のとき
- Arg z = tan−1 y/x
が成り立つが、x > 0 以外の場合の偏角を逆正接関数で表すには、場合分けが必要である。x < 0 の場合はさらに y > 0 と y < 0 の場合に分ける。
上半平面、下半平面ごとに表示することもできる:
Arg の主値を区間 [0, 2π) とする変種では、値が負のときに値に 2π を足すことで得られる。
正接の半角公式 tan θ/2 = sin θ/1 + cos θ を用いると、1つの計算式で表せる:
ただし、この表示は、計算の精度が上記より下がる。
この表示は、x < 0, y = 0 の近くでは 不定形 0/0 に近づき、浮動小数点の計算において、計算が不安定となり、オーバーフローする可能性がある。この範囲でのオーバーフローを避けるには、もう1つの正接の半角公式 tan θ/2 = 1 − cos θ/sin θ を用いて次の計算式が使われる:
主値 Arg は、プログラミング言語の数学ライブラリでは関数 atan2
あるいはその変種の言語を用いて多くの通常利用可能である。atan2(y, x) の主値は区間 (−π, π] である。
積・商の偏角
2つの複素数の乗除は、極形式表示することにより、簡明に行うことができる。複素数 z1, z2 の極形式表示を
- z1 = r1(cos φ1 + i sin φ1)
- z2 = r2(cos φ2 + i sin φ2)
とすると、
- arg z1z2 ≡ arg z1 + arg z2
- arg z1/z2 ≡ arg z1 − arg z2
- (何れも mod 2π)
z ≠ 0 で n が整数のとき、
- arg zn ≡ n arg z (mod 2π)
- 例
脚注
- Dictionary of Mathematics (2002). phase.
- Knopp, Konrad; Bagemihl, Frederick (1996). Theory of Functions Parts I and II. Dover Publications. p. 3. ISBN 0-486-69219-1
文献
- Ahlfors, Lars (1979). Complex Analysis: An Introduction to the Theory of Analytic Functions of One Complex Variable (3rd ed.). New York;London: McGraw-Hill. ISBN 0-07-000657-1
- Ponnuswamy, S. (2005). Foundations of Complex Analysis (2nd ed.). New Delhi;Mumbai: Narosa. ISBN 978-81-7319-629-4
- Beardon, Alan (1979). Complex Analysis: The Argument Principle in Analysis and Topology. Chichester: Wiley. ISBN 0-471-99671-8
- Borowski, Ephraim; Borwein, Jonathan (2002) [1st ed. 1989 as Dictionary of Mathematics]. Mathematics. Collins Dictionary (2nd ed.). Glasgow: HarperCollins. ISBN 0-00-710295-X