ムツエラエイ

ムツエラエイ(Hexatrygon bickelli)は深海性のエイの一種[3]ムツエラエイ科唯一の現生種である。1980年に記載された。その後ムツエラエイ属には複数種が記載されていたが、現在では全て本種であるとされている。6対の鰓裂(通常のエイは5対)、ゼラチン質に満たされた長い吻を持つ特異な種であり、最大で1.7mになる。背面は褐色、腹面は白。皮膚は皮歯を欠き柔らかい。

ムツエラエイ
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 軟骨魚綱 Chondrichthyes
: トビエイ目 Myliobatiformes
亜目 : トビエイ亜目 Myliobatoidei
: ムツエラエイ科 Hexatrygonidae
Heemstra & M. M. Smith, 1980
: ムツエラエイ属 Hexatrygon
Heemstra & M. M. Smith, 1980
: ムツエラエイ H. bickelli
学名
Hexatrygon bickelli
Heemstra & M. M. Smith, 1980
シノニム

Hexatrematobatis longirostris Chu & Meng, 1981
Hexatrygon brevirostra Shen, 1986
Hexatrygon taiwanensis Shen, 1986
Hexatrygon yangi Sheng & Liu, 1984

英名
Sixgill stingray
分布域[2]

インド太平洋に広く分布し、深度500-1120mの上部大陸斜面や海山で見られる。底生で、長い吻を用いて餌を探す。顎は大きく突き出すことができる。胎生である。IUCNは保全状況を軽度懸念としている。

分類

ホロタイプは体盤幅64cmの雌で、ほぼ完全な形でポート・エリザベスの砂浜に打ち上げられた個体である。Eastern Province Heraldで釣りの特派員を務めていたDave Bickellにより発見された。1980年、J. L. B. Smith Institute of IchthyologyのIchthyological Bulletinにおいて、Phillip HeemstraとMargaret Smithにより新科・新属・新種として記載された。属名 Hexatrygonギリシャ語hexa ("6") ・trygon ("アカエイ") に由来し、鰓裂の数に因んだものである。種小名 bickelli は発見者の名に由来する[4][5]

H. bickelliの後、形態的特徴に基づいて4種が記載された。だが、その後、吻の形状・体幅・歯列数が個体・成長段階によって変化することが分かった。そのため現在では(分子系統的な種内系統解析が必要ではあるが[1])、H. bickelliのみが有効名とされている[5]トビエイ亜目内での位置に関しては、形態系統解析では、トビエイ亜目で最も基底的な種であるとされる[6][7]。だが、分子系統解析では、本種はヒラタエイ科に属する Trygonoptera 属の姉妹群であるという結果が得られている[8]。また、絶滅した近縁種として、始新世中期(49–37 Ma)の層から Hexatrygon senegasi が発見されている[9]

分布

インド太平洋に広く分布する。インド洋では、南アフリカ東海岸のポート・エリザベスポート・アルフレッド沖からインド南部・インドネシア・西部オーストラリア沖のエクスマウス海台からシャーク湾。太平洋では、日本列島台湾フィリピンクイーンズランドニューカレドニアハワイ[1][10]。深海底生性で、深度500-1120mの上部大陸斜面海山に出現するが、南アフリカ海岸に漂着した2個体(1個体は生きたまま)のほか、日本近海で摂餌する姿が撮影されるなど、浅海にも現れる。砂泥底・岩礁どちらにおいても見られる[1][11]

形態

体は分厚くて柔らかく、幅広い体盤を持つ。吻は三角形で、若魚より成魚のほうが長く、体盤長の2/5にまで成長する。吻の内部は透明なゼラチン質の物質で満たされるため、死後に空気や防腐剤に触れると大きく収縮する。眼は小さく、噴水孔から前方に離れて位置する。口は直線状で幅広、鼻褶は非常に幅広で短く、口の手前で途切れて後鼻弁と融合する。小さく鈍い歯が44-102列、交互に並ぶ。成長に連れて歯列は増える。体盤の下には6対の小さな鰓裂があり、他のエイより1対多い。サメではカグラザメなどの例があるが、エイで6対の鰓裂を持つ種は本種のみである[2][5][11]。左側に6個、右側に7個の鰓裂を持つ個体が採集されたこともある[10]。また、鰓裂は6対であるが、鰓弓は5対である[12]腹鰭は大きく丸い[11]

尾は太く、体盤の0.5-0.7倍程の長さ。尾の背面には、鋸歯状の鋭い棘が1-2本ある。尾鰭は長い葉状で、ほぼ上下対称である。皮膚は弱々しく、皮歯はない。体盤の背面は紫からピンクがかった褐色で、鰭の縁は僅かに暗くなる。皮膚は容易に剥がれ、白い斑点となる。腹面は白く、胸鰭・腹鰭の縁は暗くなる。吻は半透明で、尾・尾鰭は黒い。発見された最大個体は、全長1.7mの雌である[2][5][11]

生態

ダルマザメは本種を襲うことが知られている。

長い吻は非常に柔らかく、上下左右に曲げることができる。この吻を用いて、堆積物中の餌を探すと考えられる[2]。吻の下面には、よく発達したロレンチーニ器官が前後に並ぶ。この器官により、餌生物が発する微小な電場を捉えることができる[5]。頭部長を超えて口を下方に突出させることができ、堆積物に隠れた獲物を吸い出すと推測されている。顎の石灰化が弱く、硬い殻を持つ生物は捕食できないようである[13]ダルマザメに傷つけられた個体も見つかっている[11]胎生であり、産仔数は2-5[5]。出生時は体長48cm程度。雌雄共に110cm程度で性成熟する[1]

保全状況

本種の生息深度での漁業活動は少なく、IUCNは保全状況を軽度懸念としている。台湾周辺では底引き網によって少数が混獲されている。捕獲数は年々減っており、局所的に過剰漁獲状態にあるのかもしれないが、確かなデータはない[1]

飼育記録

深海性のエイであり、飼育記録はほとんどないが、沼津港深海水族館で数日の飼育記録がある[14]

脚注

  1. McCormack, C.; Wang, Y.; Ishihara, H.; Fahmi, Manjaji, M.; Capuli, E.; Orlov, A. (2009). "Hexatrygon bickelli". IUCN Red List of Threatened Species. Version 2012.2. International Union for Conservation of Nature.
  2. Last, P.R.; Stevens, J.D. (2009). Sharks and Rays of Australia (second ed.). Harvard University Press. pp. 396–397. ISBN 0674034112
  3. Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2008). "Hexatrygon bickelli" in FishBase. November 2008 version.
  4. Heemstra, P.C.; Smith , M.M. (1980). “Hexatrygonidae, a new family of stingrays (Myliobatiformes: Batoidea) from South Africa, with comments on the classification of batoid fishes”. Ichthyological Bulletin (J. L. B. Smith Institute of Ichthyology) 43: 1–17.
  5. Smith, J.L.B.; Smith, M.; Smith, M.M.; Heemstra, P. (2003). Smith's Sea Fishes. Struik. pp. 142–143. ISBN 1-86872-890-0
  6. Nishida, K. (1990). “Phylogeny of the suborder Myliobatoidei”. Memoirs of the Faculty of Fisheries, Hokkaido University 37: 1–108.
  7. McEachran, J.D.; Dunn, K.A.; Miyake, T. (1996). “Interrelationships within the batoid fishes (Chondrichthyes: Batoidea)”. In Stiassney, M.L.J.; Parenti, L.R.; Johnson, G.D., eds. Interrelationships of Fishes. Academic Press. pp. 63–84. ISBN 0-12-670951-3
  8. Naylor, G.J.; Caira, J.N.; Jensen, K.; Rosana, K.A.; Straube, N.; Lakner, C. (2012). “Elasmobranch phylogeny: A mitochondrial estimate based on 595 species”. In Carrier, J.C.; Musick, J.A.; Heithaus, M.R., eds. The Biology of Sharks and Their Relatives (second ed.). CRC Press. pp. 31–57. ISBN 1-4398-3924-7. http://prosper.cofc.edu/~sharkevolution/pdfs/Naylor_et_al_Carrier%20Chapter%202.pdf.
  9. Adnet, S. (2006). “Two new selachian associations (Elasmobranchii, Neoselachii) from the Middle Eocene of Landes (south-west of France). Implication for the knowledge of deep-water selachian communities”. Palaeo Ichthyologica 10: 5–128.
  10. Babu, C.; Ramachandran, S.; Varghese, B.C. (2011). “New record of sixgill sting ray Hexatrygon bickelli Heemstra and Smith, 1980 from south-west coast of India”. Indian Journal of Fisheries 58 (2): 137–139.
  11. Compagno, L.J.V.; Last, P.R. (1999). “Hexatrygonidae: Sixgill stingray”. In Carpenter, K.E.; Niem, V.H, eds.. FAO Identification Guide For Fishery Purposes: The Living Marine Resources of the Western Central Pacific (Volume 3). Food and Agricultural Organization of the United Nations. pp. 1477–1478. ISBN 92-5-104302-7
  12. ムツエラエイ”. 2014年3月14日閲覧。
  13. Dean, M.N.; Bizzarro, J.J.; Summers, A.P. (2007). “The evolution of cranial design, diet, and feeding mechanisms in batoid fishes”. Integrative and Comparative Biology 47 (1): 70–81. doi:10.1093/icb/icm034. PMID 21672821.
  14. 沼津港深海水族館公式Twitter沼津港深海水族館ツイートより

外部リンク

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