フィジカルトレーニング

フィズィカル・トレーニング(Physical Training)とは、体力の強化と健康状態を維持する目的で実施する身体活動の一種である[1]。「運動」、「エクササイズ」(Physical Exercise)とも呼ばれる。

身体活動に励む兵士

種類

一般的には以下の3つに大別される。

運動の利点

世界保健機関は、運動はうつ病を予防し、精神衛生Mental Health)にも有益な効果がある、と発表している[2]

2021年1月にハーヴァード大学医学部が発表した研究結果によれば、強度の激しい運動は、精神面と体力の測定でより良い結果をもたらしたが、寿命を延ばす効果も、心血管疾患や癌を防ぐ効果も無かった。適度な運動をした群と、より激しい身体鍛錬に励んだ群とで、死亡率に有意差は無かった[3]

運動の難点

24週間、毎日ウォーキングを続けることで体に及ぼす影響について調べる実験が行われた。歩数はそれぞれ10000歩、12500歩、15000歩であった。結果は、除脂肪体重は増えたが脂肪も増加し、体重は全く減らなかった。研究者らは、「ウォーキングには、体重の増加・脂肪の増加を防ぐ効果は見られなかった」と結論付けている[4]

カリフォルニア州ローレンス・バークリー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)の統計学者、ポール・ウィリアムス(Paul Williams)と、スタンフォード大学の研究者ピーター・ウッド(Peter Wood)は、普段からよく走る習慣のあるランナー13000人を集め、彼らの1週間の累計走行距離と、年ごとの体重の変化を比較する研究結果を2006年に公表した。ピーター・ウッドは、運動が健康にどのような影響を及ぼすのかについて、1970年代から研究を行っていた人物でもある。この13000人のランナーについての研究では、最もたくさん走った人ほど最も体重が少ない傾向こそあったが、これらのランナー全員、「年を追うごとに太っていく(身体に脂肪が蓄積していく)」傾向にあった[5]

2007年8月、アメリカ心臓協会(The American Heart Association)とアメリカスポーツ医学会(The American College of Sports Medicine)は、身体活動と健康に関する指針を共同で発表した。この団体の専門家たちは、週に5日、1日に30分程度の精力的な運動が「健康を保ち、促進するために必要である」と述べた。しかし、「肥満になることや痩せたままでいることに対して、運動がどのような影響を与えるのか」という質問になると、彼らは以下のようにしか答えられなかった。

「1日あたりのエネルギーの消費量が多い人は、それが少ない人に比べて、時間とともに体重が増える可能性が低い、と仮定することは理にかなっている。今のところ、この仮説を支持する証拠となるものについては、説得力は無い」[5]

1960年、疫学者のアルヴァン・ファインシュタイン(Alvan Feinstein)は、医学雑誌『The Journal of Chronic Diseases』に掲載された批評で様々な肥満治療の有効性について分析し、その中で、「エネルギーの消費量を増やすという点において、運動は何の役にも立たない」とし、肥満を治す手段として「運動」を却下した。ファインシュタインは、「体重を減らす目的で十分なカロリーを消費するには、『やり過ぎ』と呼べるぐらいの身体活動が必要になる。 さらに、身体運動は食べ物に対する欲求を惹起し、その後のカロリーの摂取量が、運動中に失われたものを超えてしまう可能性が出てくる」と指摘した[6]

1973年10月、アメリカ国立衛生研究所(The National Institutes of Health)は肥満についての会議を主催した。この会議の参加者の1人でスウェーデン人の研究者、パル・ビヨントルプ(Per Björntorp)は、肥満と運動に関する自身の臨床試験の結果について報告した。ビヨントルプは肥満体の被験者7人に対して週3回の運動計画を実施し、半年間続けた。結果は、半年間の運動を経て被験者たちの身体は相変わらず重く、太ったままであった[6]1977年、アメリカ国立衛生研究所は2度目の肥満会議を主催した。この会議に集まった専門家たちは最終的に以下の結論に達した。

「体重の管理における運動の重要性は信じがたいほどに低い。ヒトは運動量を増やせば、同時に食べる量も増えがちになり、運動による消費エネルギーの増加が食べる量の増加に勝るのかどうか、それを予測するのは不可能である」[5]

コロンビア大学のF・ハビエル・ピソニイェール(F. Xavier Pi-Sunyer)は、1987年に以下のように報告した。「太っている人が運動すると、その日の残りの時間は動かなくなり、運動で消費した分のカロリーが帳消しになる。この現象は、通常の1日の消費カロリーの25%を消費するのに十分な運動をこなした場合であっても同様だ」「運動が代謝率に与える影響はほとんど無い。運動の大きな利点として持て囃されているが、実際には存在しない」[7]

1989年、デンマーク人の研究者が、身体活動が体重減少に及ぼす影響についての研究結果を公表している。普段から座りがちな被験者を、マラソン(26.2マイル)を走れるよう訓練させた。18か月間の訓練を経て、被験者らは実際にマラソンに参加した。この研究に参加した18人の男性の体脂肪は平均で5ポンド(約2.3㎏)減っていたが、女性の被験者9人については、「体組成の変化は一切見られなかった」と書いている[5]。この年、ニューヨークにあるセントルーク・V・ルーズヴェルト病院肥満研究センター長を務めていたピソニイェールは、「運動量を増やせば体重を減らせる」という考えを分析している現存する試験について再調査を行った。彼の結論は以下のとおりであった。「体重と体組成における減少、増加について、変化は一切見られなかった」[5]

イングランドの医師、ジョン・ブリッファ(John Briffa)は「有酸素運動では筋肉は増えない」「有酸素運動に体重を減らす効果は無い」と明言している。また、「ヒトは運動量を増やすと、それ以外の場面では自然と運動をしなくなる(座りがちになる)傾向にある」と指摘している[8]

ジョギングを普及させたことで知られるジム・フィックス(Jim Fixx)は、自身がジョギングに励んでいる最中に心臓発作を起こして倒れ、そのまま死亡した[9]。ヴァーモント州の主任検死官、エレノア・マックィレン(Eleanor McQuillen)による検死結果によれば、アテローム性動脈硬化症が原因で、冠状動脈の1つが95%、2つが80%、3つが70%閉塞していた[10][11]。3本ある動脈はいずれも全て損傷し、閉塞していた[12]。この剖検で、フィックスは「心臓に繋がる2本の動脈に影響を及ぼす重篤な心臓病を患っていた」ことも判明した[13]。彼は著書の中でも、対談番組に出演した際にも、運動することで寿命を大幅に延ばせる、として運動の利点を強調し、褒めそやしていた[10]。東イリノイ大学の教授で運動生理学とマラソン生理学の専門家、ジェイク・エメット(Jake Emmett)はジム・フィックスの死について、「彼の死は、走る行為は冠状動脈性心疾患(Coronary Artery Disease)を防げないだけでなく、突然死を招く可能性が出てくることを世界中に確信させた」と書いた[11]

ジム・フィックスの息子、ジョン・フィックスによれば、「父は健康維持のため、過去15年間で、週に80マイル(約129㎞)の距離を走っていた」という[13]

ワシントン・ポスト(The Washington Post)は、ジム・フィックスの死を受けて、「控えめに言っても、義務的に走ったところで、心疾患の猛威から身を守る効果は無いということだ」「6年前、とある医師が、マラソンの権威として『激しい運動をすれば、冠状動脈性心臓病を防げることは疑いようが無い』と高らかに断言したが、フィックスを襲った不運な出来事を受けて、これは何の価値も無いたわごとであることを認識した」と書いた[14]

ジョギングの最中およびジョギングを終えた直後に冠状動脈性心臓病(Coronary Heart Disease)で死亡する例は決して珍しいものではない[15][16][17]。精良な運動能力が運動中の死亡事故から身体を保護することを示す証拠は無い[18]

走っている最中に死亡した40歳以上の人間の死因の多くは冠状動脈性心臓病である。10年間で22 - 176km、週に平均で53kmの距離を走っていた40 - 53歳(平均年齢46歳)の5人の白人ランナーが走行中に突然死し、その剖検によれば、ランナーとして走るようになる前に心臓病を患っていた者は1人もいなかった[19]

体育館にてトレッドミルを使って走っていた57歳の男性が、その最中に突然死亡した。彼の死因は「虚血性心疾患」(Ischemic Heart Disease)であった。研究者らは「身体活動を不定期に行う人は、そうでない人に比べて突然死の危険が高い」「極端な身体活動は、たとえ以前にその症状が無かったとしても、心臓に致命的な結果をもたらす可能性がある」と報告している[20]

ケープタウン大学の教授で運動生理学スポーツ医学の専門家、ティム・ノークス(Tim Noakes)は、運動中の突然死について、「50歳以上の人は、あらゆる種類の運動を開始する前に、心血管の診断を受ける必要がある。50歳未満の人でも、突然死した人物の家族歴について面談を行い、心血管疾患の症状とその臨床徴候についての診断を受ける必要がある」「肥大型心筋症を患っている場合、運動中に死亡する危険が高くなる」「アスリートたちは運動中の心臓病の発症を予防できるとは限らない」と書いている[21]

運動していても、炭水化物を食べている限り高血糖は防げず(高血糖を惹き起こす最も一般的な原因は炭水化物の摂取にある[22])、インスリン感受性は運動を終えた途端に低下する(インスリン抵抗性が高くなる)[23]。インスリン抵抗性は運動では防げない。

「インスリン感受性が低い」ということは、「インスリン抵抗性が高い」(インスリンの効き目が悪い)状態を意味する[24]

度が過ぎる運動はミトコンドリア(Mitochondria)の機能障害を惹き起こし、耐糖能(Glucose Tolerance, 上昇した血糖値を下げる、血糖値を正常に保つ能力)も低下させてしまう[25]

1950年代半ば、ハーヴァード大学の栄養学者ジョン・マイヤー(Jean Mayer)は、ラットを使ったある実験を行った。毎日数時間、強制的に運動をさせられたラットと、運動を強制されなかったラットとで、ラットの食事量と体重の変化について研究した。運動計画に沿って運動を行ったラットは、運動をしなかった日にはより多く餌を食べ、運動をしていない時には身体を動かさないようにすることで消費エネルギーを減らした。一方、運動を強制されたラットの体重は、運動を強制されなかったラットと「全く同じまま」であった。そして、実験用のラットがこの運動計画から解放されると、ラットはかつてなかったほどの量の餌を食べるようになり、運動を強制されなかったラットよりも、歳とともに急速に体重が増えた。また、ハムスターとアレチネズミを使った研究では、運動させると「体重と体脂肪が増加する」結果に終わっただけであった[5]

1970年代までの一般のアメリカ人の多くは、避けられるのであれば、空いた時間に汗を流すべきであるとは考えていなかった。1977年ニューヨーク・タイムス(The New York times)は当時のアメリカについて、「運動熱の高まりの真っ只中にある」と報じた。1960年代のアメリカでは「Exercise is bad for you」(「運動は身体に毒である」)というのが広く行き渡った考え方であったが、それがいつしか、「Strenuous exercise is good for you」(「苦痛を覚えるほどの運動は身体に良いのだ」)と変遷していった[5]

ロンドン生まれの葬儀屋、ウィリアム・バンティング(William Banting)は、自身が太り過ぎていたことに悩んでいた。身体が重いゆえに自分で自分の靴紐を結ぶことすらできず、膝や足首の関節を痛めないよう、階段を降りる際にはゆっくり後ろ向きで降りる必要があり、階段を上るだけでも息切れするほどであった。バンティングが「この国でもっとも有能な医師」と呼んでいた医者に相談した際には、「体重が増えるのは全く自然なことであり、自分も体重が毎年1ポンドずつ増えている」と言われ、バンティングの身体の状態については全く驚かない、として、「運動、サウナ風呂、洗髪と薬を増やしなさい」と言われただけであった[26]。彼はへその緒が裂け、視力が落ち、耳も聞こえなくなりつつあった。難聴について耳鼻科医に相談するも、「大したことはない」として耳を掃除し、他の障害については何も尋ねなかった。バンティングの身体の不調はますます強まっていった。

ロンドンの葬儀屋、ウィリアム・バンティング。体重を減らそうとして運動に励んだが、体重は減らず、病気も防げなかった。運動は何の役にも立たなかった[27][28]

バンティングは、体重を減らす目的でテムズ川で毎朝ボートを漕ぎ続けることにした。彼の腕の筋力は強化されたが、それに伴って猛烈な食欲が湧き、体重は減るどころかますます増えていった。医師であり、友人でもあったウィリアム・ハーヴィー(William Harvey)はバンティングに「運動を止めなさい」と助言し、炭水化物を制限する食事法を教えた。ハーヴィーはバンティングに対し、「あなたは太り過ぎだ。脂肪があなたの聴覚管の1つを塞いでいる。すぐに体重を減らさねばならない」と述べた[29]。この食事法に従ったバンティングは大幅に体重を減らしただけでなく、身体の不調も回復していった[26]1863年、バンティングは、減量に成功した食事法や、減量にあたって試しては失敗を続けてきた方法についてまとめた『Letter on Corpulence, Addressed to the Public』(『市民に宛てた、肥満についての書簡』)を出版した。バンティングはこの書簡の中で、「減量に対して何の効果も無い方法」の1つとして「食べる量を減らして運動量を増やす」を挙げている。バンティング自身、テムズ川でボートを漕ぐだけでなく、水泳やウォーキングにも励み、食べる量を極端に減らす「飢餓食」(Starvation Diets)も試したが、体重は減らず、体力はどんどん低下していった。バンティングを減量へと導いたのは、食べる量を減らしたことでもなければ、運動量を増やしたことでもなく、「炭水化物を制限する食事法」であった。彼は、

I had the command of a good, heavy, safe boat, lived near the river, and adopted it for a couple of hours in the early morning. It is true I gained muscular vigour, but with it a prodigious appetite, which I was compelled to indulge, and consequently increased in weight, until my kind old friend advised me to forsake the exercise.」(「私は、重く、安全なボートを所有しており、川の近くに住んでいた。私は早朝に2 - 3時間ボートを漕ぐ習慣を付けることにした。確かに私の筋力は強化されたが、それに伴って尋常でないほどの食欲が湧くようになり、食欲の抑制が効かなくなった。親切な旧友から『運動の習慣を捨てなさい』との忠告を受けるまで、体重の増加が止まることは無かった」)[30]

I can confidently state that quantity of diet may safely be left to the natural appetite; and that it is quality only which is essential to abate and cure corpulence.」(「食べる量については、自然に湧いてくる食欲に従って差し支えない。肥満を和らげ、治療するために必要なのは食べ物の『質』だけである、と、確信をもって明言できる」)

との言葉を残している[26]

Letter on Corpulence, Addressed to the Public』はまもなくベストセラーとなり、複数の言語に翻訳された。「Bant」は「食事療法に励む」を意味する動詞として使われるようになり、「Banting」という言葉はウィリアム・バンティングの名にちなんで使われ[31]スウェーデン語にもこの単語が輸入されて使われるようになった[26]英語辞典メリアム・ウェブスター(Merriam Webster)では、「Banting」について「肥満体策としての食事療法で、炭水化物や甘い味付けの食べ物を避ける」と定義している[32]

イングランドの医師、トマス・ホークス・タナー(Thomas Hawkes Tanner)は、1869年に出版した『The Practice of Medicine』(『実践医学』)にて、肥満を治療するにあたっての「何の価値も無い処方箋」として、「食べる量を減らす」「毎日多くの時間を散歩と乗馬に費やす」を挙げ、「これらの方法をどんなに辛抱強く続けたところで、望む目的が達成されることはない」と断じた[5]

ニューヨークで心臓病専門医をやっていたブレイク・F・ドナルドソン (Blake F. Donaldson)は、「肥満体の心臓病患者」に対し、1919年ごろから「ほぼ肉だけで構成された食事」を処方した[33]。1日3回の食事で、1日の摂取カロリーは少なくとも3000kcalはあった。ドナルドソンもまた、「食べる量を減らして運動量を増やす」を行っても体重は全く減らないことに気付いていた[33]。脂肪の総摂取量は1日の摂取カロリーのうちの75 - 80%であり、2ポンド (907 g)の脂肪が付いた牛肉を食べるよう患者に指導した。脂肪の摂取量がこれより少なかったり、食事を抜いたりすると、患者の体重減少速度は低下したという[33]。ドナルドソンによれば、40年後に引退するまでに、17000人の肥満患者にこの食事を処方したという。ドナルドソンは自然史博物館を訪れ、そこに常駐していた人類学者に「先史時代の我々の祖先たちはどんなものを食べていたのか?」と尋ねたところ、人類学者は「我々の祖先は脂肪が非常に多い肉を食べていた」と答えたという。ドナルドソンは、「いかなる減量食であれ、脂肪がとても多い肉こそが不可欠である」と判断し、この食事を肥満患者に処方していた。ドナルドソンの患者たちは、空腹感に悩まされることなく週に2 - 3ポンドずつ体重を減らせたという。体重を減らせなかったのは「パン中毒の患者」であったという。ドナルドソンは1961年に出版した著書『Strong Medicine』(『効き目の強い薬』)にて、「医者が糖尿病についてどれだけ知っているか、というのはどうでもいい話だ。体重を減らし、その減った体重を維持するにはどうすればいいかを知らないのであれば、その人物は医者失格である。身体が太りやすく、体重増加を抑制する方法について自ら学んだ医師であれば、問題の深刻さをより理解しているようだ」と書いている[33]

1940年代、デラウェア州にある会社、デュポン社 (DuPont)に所属していたアルフレッド・W・ペニントン(Alfred W. Pennington)は、過体重および太り過ぎの従業員20人に、「ほぼ肉だけで構成された食事」を処方した。彼らの1日の摂取カロリーは平均3000kcalであった。この食事を続けた結果、彼らは平均で週に2ポンドの減量を見せた。この食事を処方された過体重の従業員には、「一食あたりの炭水化物の摂取量は20g以内」と定められ、これを超える量の炭水化物の摂取は許されなかった。デュポン社の産業医療部長、ジョージ・ゲアマン(George Gehrman)は、「食べる量を減らし、カロリーを計算し、もっと運動するようにと伝えたが、全くうまくいかなかった」と述べた。ゲアマンは、自身の同僚であるペニントンに助けを求め、ペニントンはこの食事を処方したのであった[5]

サイエンス・ジャーナリストゲアリー・タウブス(Gary Taubes)は、「『体重を減らす目的で、食べる量を減らして運動量を増やす』という考え方は一見筋が通っているように見えるが、実際には間違っているだけでなく、何の役にも立たない」[6]、「もしも『座りがちな生活』(Sedentary Behavior)が我々を肥満にさせ、運動がそれを防いでくれるというのなら、肥満ではなく『痩せ』が流行するはずである。しかし実際には、運動熱の始まりと同時に肥満の流行が起こった」と指摘し[5]、「減量が目標であり、あなたの健康と生活がそれに左右されるとしても、『1年半の間毎日努力を続ければ、脂肪を5ポンド(約2.3㎏)減らせるかもしれない』と言われたら、あなたは26マイル(42km)を走れるようになるための訓練をするだろうか?」と問いかけている[5]

肥満患者を治療する臨床医の多くは、1960年代までは、「運動すれば減量できる」「座りっぱなしの生活を送っていると太る」「食べ過ぎるから太る」といった考え方を「幼稚」として退けていた。ミネソタ州ロチェスター市にあるメイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の医師、ラッセル・ワイルダー(Russell Wilder, 1885-1959)もその1人である。ケトン食療法を開発したワイルダーは、肥満と糖尿病の専門家でもあった。ワイルダーは1932年にアメリカ内科学会(The American College of Physicians)にて肥満についての講演を行い、その中で、「肥満患者は、ベッドの上で安静にしていることで、より早く体重を減らせる。一方で、激しい身体活動は減量の速度を低下させる」「運動を続ければ続けるほどより多くの脂肪が消費されるはずであり、減量もそれに比例するはずだ、という患者の理屈は一見正しいように見えるが、体重計が何の進歩も示していないのを見て、患者は落胆する」と述べ、「体重や体脂肪を減らす」という点において、運動は何の役にも立たない趣旨を明言していた[5][34]。WHOの肥満予防研究センター長、ボイド・スウィンバーン(Boyd Swinburn)は「運動を重視していると、根本的な原因を突き止められず、肥満は防げそうにない」と語った。メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)は批評を発表しており、それによれば「多くの研究結果で示されているように、『運動だけでは体重を減らせない』、あるいは『減ったとしてもごくわずか』であることは証明済みである」「運動で体重を減らせる可能性は極めて低い。食事を変更するほうが体重を減らせる」であった[34]

The Biggest Loser

アメリカ合衆国2004年から放送されているテレビ番組『The Biggest Loser』がある。これは、太り過ぎの人たちが複数集まり、それぞれの班に分かれ、専属の運動訓練教官による指導のもと、激しい運動をひたすらこなして減量を競い合いながら細身の身体を目指し、最後まで勝ち残った(最も多く体重を減らした)出場者は、賞金として25万ドルを獲得できる。

2009年に放映された『The Biggest Loser』の第8期に出演した出場者たちの体重の増減と、身体の代謝の変化について調べる目的で、6年かけての追跡調査が行われた。アメリカ国立衛生研究所に所属する主任研究員で、栄養と代謝について研究しているケヴィン・D・ホール(Kevin D. Hall)がこの研究を主導した。その研究結果によれば、番組に登場して体重を減らした出場者たちの大半は、その減った分の体重のほとんどが元に戻った。中には番組に出場する前の体重をさらに上回った出場者もいた[35][36]。ホールによれば、番組に登場した時点で出場者たちはかなりの肥満体であったが、身体の代謝自体は正常であった。しかし、番組の第8期が終了するころには、彼らの代謝は完全に低下しており、痩せたあとの身体を維持するのが困難になっていた[35]

第8期の優勝者、ダニー・ケイヒル(Danny Cahill)は、番組に登場した時点で体重が430ポンド(約195kg)あった。彼は7か月かけて239ポンド(約108㎏)減量し、体重を191ポンド(約87kg)まで落とした。しかし、減ったはずの彼の体重は元に戻っていき、減量を終えた後の191ポンドから295ポンド(約134㎏)にまで体重が増えた[35]ニューヨーク・タイムス(The New York times)に所属する記者、ジーナ・コラータ(Gina Kolata)は、「研究者たちをひどく驚かせたのは、以下の事柄であった。出場者たちの身体の代謝は回復せず、悪化の一途を辿っていき、体重はどんどん増えていった。あたかも彼らの身体が、失った分の体重を必死になって取り戻そうとしているかのように」と記述した[35]。番組の出場者の1人、ショーン・アルガイアー(Sean Algaier)は、番組に出場した時点で体重が444ポンド(約201㎏)あり、289ポンド(約131㎏)にまで減らした。しかし、その後の彼の体重は450ポンド(約204kg)にまで増加した。番組に出場する前よりも体重が増えていた[35]。番組の出場者の1人、ルーディー・ポールス(Rudy Pauls)は、番組に出場した時点で体重が442ポンド(約200㎏)あり、234ポンド(約106㎏)まで減量した。しかし、体重はやはり元に戻っていき、2014年の時点で彼の体重は390ポンド(約177㎏)にまでなっていた。その後、彼は重度の肥満を治すための手術を受け、体重は265ポンド(約120㎏)になった[35]

ジーナ・コラータは、医師のデイヴィッド・ルートヴィッヒ(David Ludwig)の言葉「単にカロリーを制限するだけでは何も解決しない。消えることの無い空腹感と代謝の悪化の組み合わせは、減った体重を元に戻すための処方箋でしかなく、数か月以上に亘って減量後の体重を維持できる人が少ないのは何故かを説明できる」と、医学博士で肥満の研究者、マイケル・ロウゼンバウム(Michael Rosenbaum)の言葉「体重を減らし、その減ったあとの体重を維持するのが困難である理由について、これは生態学の問題であり、意志の力が異常なまでに弱いのかどうかとは何の関係も無い」を引用した[35]

ルートヴィッヒは2018年に発表した論文にて、「食べる量を減らすと、空腹感が強まり、身体はエネルギーの消費を減らそうとし、代謝は悪化し、体重は減少しなくなる」「カロリー制限は、まず失敗に終わる運命にある。摂取カロリーを抑えた食事や低脂肪な食事は代謝を悪化させ、空腹感をますます強め、ストレスホルモン(コルチゾール)の上昇に伴う飢餓反応を惹き起こす」と記述している[37]

ゲアリー・タウブスも「食べる量を減らすと、動物はエネルギーの浪費を抑えようとして身体を動かすのを止める。身体を動かすのに必要なエネルギーが入ってこないからである。身体がエネルギー不足に陥ると、過食に走るか、エネルギーの消費を減らそうとして動かなくなるか、あるいはその両方の行動に出る。そして、体重は食べる量を減らされる前よりも大幅に増加し、肥満になる」と指摘している[5]

1941年、ウイーン大学の教授で肥満の研究家、ユリウス・バウアー(Julius Bauer)は以下の記述を残している。

「現在流布している肥満理論は、食物の摂取とエネルギー消費の間の不均衡しか考慮しておらず、不十分である・・・エネルギーの摂取と消費の不均衡における食欲の増加は肥満の原因ではなく、脂肪組織が異常を惹き起こした結果である」[38]

参考

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