スコッティ (ティラノサウルス)

スコッティScotty、標本番号 RSM P2523.8)は、1991年にカナダサスカチュワン州で発見されたティラノサウルスの個体。2020年12月現在で発見されているティラノサウルスの中では最大の個体であり、推定体重は他のティラノサウルス個体を含め全ての陸棲獣脚類を上回るとされる[注 1][2]

T. rex Research Center にてスコッティのレプリカ。

製作されたレプリカは2017年時点で世界に3体[3]。著作権は王立サスカチュワン博物館が保有する[4]

発見と命名

1991年8月16日、サスカチュワン州南西部フレンチマン累層への王立サスカチュワン博物館による遠征に同伴した高等学校校長ロバート・ゲプハルトがスコッティを発見した[2]。彼は化石の発見方法と同定方法を学ぶために訪れており、当初見えている化石を鉄鉱石であると考えていたが、彼が発見した歯と尾椎は同館によりティラノサウルス・レックスであると立証できるものであった[5]。1994年6月から同館による発掘調査が開始された。発掘の指揮は博物館の職員ロン・ボーデンと、ゲプハルトが最初の化石を発見した際に同行していた古生物学者 Tim Tokaryk および John Storer が執った[5]。発掘後のクリーニング・研究・展示は化石産地に近いイーストエンドの町にフィールドステーションを設置して行われた[6]

一次発掘は1995年に終了したものの[6]、骨は鉄に富んだ高密度の砂岩に深く埋まっており、完全に母岩を除去して骨格の大部分を組み立てるまでには12年以上の歳月を要した。また、小さな骨や歯を採集するための追加の発掘調査も行われた[5][7][8][9]。最初に露出した部位は上半身で、特に椎骨・顎の一部・歯であった。頭骨のクリーニングは2003年にほぼ完了し、頸椎との関節部分を除いてほぼ全ての部位が確認された[6]。2005年には全身の骨の約65%が保存されていると推測され[6]、発見時12体しか知られていなかった完全なティラノサウルスの骨格の1つとなった[2]

スコッティというニックネームは、骨が発見・同定された際にチームがスコッチ・ウイスキーで祝福したことから命名された[10][11]

年齢と性別

骨の成長パターンの研究の後、スコッティは30歳という既知のティラノサウルス化石の中でも最高齢個体の1つであると2019年に発表された[注 2][7]が、2020年に推定年齢は22 - 23歳程度に下方修正され、最大の標本でありながら成熟個体では最も若い個体という立場になった[13]。なお年輪状の成長停止線は確認されておらず[11]、上記の年齢は骨の形態学的特徴から統計的に導かれたものである[13]

化石は約6800万年前のものであった[14]。スコッティの性別は判明していないが[8][15]、現生鳥類などに見られるカルシウムの沈着が確認されており、メスである可能性がある[16]

全長と体重

最大のティラノサウルス

2010年にアルバータ大学生命科学部のスコット・パーソンは既知のティラノサウルス化石の大きさを比較する研究プロジェクトに着手した。彼は2019年に論文を発表し、スコッティは体重と全長のいずれでも史上最大のティラノサウルスであり、これまで最大個体とされていたシカゴのフィールド博物館のスー(FMNH 2081)を上回っているとした[15]

スコッティは全長13メートル、体重8.8トン(8870キログラム)と推定されている[8][15][17][18]。100%の化石が揃っているわけではないにも拘わらず、古生物学者は大腿骨・腰骨・肩骨などの体重を支える重要な骨を測定することで、体重と長さの推定値を求めることができた。特に二足歩行の動物の体重は大腿骨の周囲長から計算することができるが、スタンの大腿骨の周囲長が580ミリメートルであったのに対し、スコッティは590ミリメートルで僅かに上回った。なお、スタンは505ミリメートルであった[11]。スーの体重はスコッティを400キログラム程度下回るとされた[18]

なお、スコッティとスーの体重比較は2019年以前にも行われている。スーとスコッティを含め大型獣脚類の体重を推定した2014年の研究では、スコッティが8004キログラム、スーが7377キログラムと見積られている[注 3][19]

反発

ただし、脚の骨は体重を支えるだけでなく走行時の反床力に耐える必要もあるため、反床力に耐えられるよう重厚になった骨から単純に体重を割り出したため過剰な推定値が算出されたのではないか、とする見解もある[18]

報告されているスコッティのサイズと体重はスーのものよりも大きいが、科学者の中にはスコッティが最大であると公式に宣言するにはこの2つの化石のサイズが近すぎるという見解もある。ロンドン大学王立獣医大学の進化論専門家ジョン・ハッチンソンは、スーとスコッティの差は僅か5%であり誤差を排除できないと述べた[20]。また、全長の計算に使用された方法は正確ではなく、化石の称号のもう一つの争点となっている。 これはパーソンと彼のチームがスコッティの全長を過大評価する結果となった可能性がある[14]。シカゴ・フィールド博物館の古生物学者ピート・マコヴィッキーも、スーの腓骨がスコッティのものよりも3%長く、スコッティの大腿骨と寛骨がスーのものよりもそれぞれ1%長いと指摘し、1個体の左右の骨でも見られる程度の差しかなく、スコッティとスーの体格は統計的に区別がつかないと述べている[9]

いずれにせよ、ティラノサウルスが成長しうる年齢と大きさのデータがスコッティの研究からもたらされていることに変わりはない[20][21][18]

負傷と病理

他の多くのティラノサウルスの化石と同様に、スコッティにはトリコモナス症の兆候が見て取れる。顎に寄生して骨を変形・破壊する寄生性原虫によるこの症状は特定の恐竜に見られるものである[15][22]。加えて、右側の折れた肋骨の治癒痕と尾椎の骨折および眼窩付近の穴は、おそらく別のティラノサウルス個体の攻撃に起因すると考えられている[2][15][18]。他にも歯の衝撃などの異常から、スコッティは他個体に噛まれただけでなく、他の動物に噛みついていたことが示唆されている[8]

日本での展示

2000年代

国立科学博物館で2005年3月19日から同年7月3日まで開催された『恐竜博2005』でスコッティが来日した。この時は当時クリーニングの完了していた頭骨のみの展示であった[23][6]

2010年代

日本東京都国立科学博物館の企画展『恐竜博2016』でのスコッティ[16]

同じく国立科学博物館で2016年3月8日から同年6月12日まで開催された『恐竜博2016』ではスコッティがスピノサウルスと共に目玉展示の1つとされ、全身が展示された[4]。骨格組み立ての監修は真鍋真が担当した[16]。また、国立科学博物館での展示が終了した後、北九州市立いのちのたび博物館(同年7月9日 - 9月4日)[24]大阪文化館・天保山(同年9月7日 - 2017年1月9日)[25]でも展示された。

2017年9月16日 - 24日には北海道道の駅むかわ四季の館で『ティラノサウルス スコッティ 特別展』が開かれ、道内でスコッティが初公開された。温帯低気圧と化した平成29年台風第18号の直撃の影響で9月18日の来場者数は減少したものの、初日と2日目はいずれも1000人前後を動員した[26][3]。2018年8月6日・7日には北海道開拓150周年を記念して北海道立総合体育センターにてレプリカが展示された[27]

2019年7月13日から10月14日にかけては国立科学博物館で『恐竜博2019』が開催され、デイノケイルスカムイサウルスが目玉展示とされる中でスコッティのレプリカも展示されていた[11]

2020年代

2020年6月からは北海道博物館の『恐竜展2020』でカムイサウルスと共に展示予定であったが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて中止された[28]。その代わりに2021年2月から3月に同館で開催された企画展『北海道の恐竜』で展示された[29]。同展は感染対策のため人数制限を設けた完全予約制が採用され、また展示の様子はオンラインで閲覧が可能とされた[30]

2021年7月から8月まで開催が予定されている旧名古屋ボストン美術館『ジュラシック大恐竜展』では、カムイサウルスと共に中部地方初公開の予定[31]

脚注

注釈

  1. 水中にも適応していたとされるスピノサウルスはスコッティを遥かに上回る体重20トンと説明されることもある[1]
  2. トリックスと呼ばれる個体が30歳で死亡したと考えられている[12]
  3. ちなみに他のティラノサウルスではワンケル・レックスが6216キログラム、スタンが5667キログラム。いずれの個体も3,4トン前後の推定範囲あり。

出典

  1. Kerry Sheridan「巨大肉食恐竜スピノサウルスは水中で生活? 米大チームが論文」『AFP BB NEWS』(フランス通信社)、2014年9月12日。2020年12月21日閲覧。
  2. W Scott Persons; Philip J Currie; Gregory M Erickson (2019-04-08). “An Older and Exceptionally Large Adult Specimen of Tyrannosaurus rex”. Anat Rec (Hoboken). doi:10.1002/ar.24118. PMID 30897281.
  3. ティラノサウルス「スコッティ」特別展 むかわ町恐竜ワールドセンター」『苫小牧民報』、2017年9月20日。2020年12月22日閲覧。
  4. 特別展「恐竜博2016」の注目展示が決定!”. 国立科学博物館 (2015年12月21日). 2020年12月21日閲覧。
  5. World's Largest T. Rex Skeleton nicknamed "Scotty" Discovered in Canada (英語). The Vintage News (2019年3月25日). 2019年4月12日閲覧。
  6. 朝日新聞社事業本部『恐竜博 2005 ―恐竜から鳥への進化』真鍋真(監修)、2005年、84頁。ASIN B07MW221KR
  7. Ashley Strickland (2019年3月26日). Meet 'Scotty,' the largest Tyrannosaurus rex ever discovered”. CNN. 2019年4月11日閲覧。
  8. Holson, Laura M. (2019年3月28日). “'Scotty' the T. Rex Is the Heaviest Ever Found, Scientists Say” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2019/03/28/science/scotty-t-rex-fossil.html 2019年4月11日閲覧。
  9. Johnson, Steve. Scotty vs. Sue: Is the Canadian T. rex really bigger than Chicago's? The Field Museum disputes new study (英語). chicagotribune.com. 2019年4月12日閲覧。
  10. Paleontologists identify biggest Tyrannosaurus rex ever discovered (英語). Paleontologists identify biggest Tyrannosaurus rex ever discovered. 2019年4月12日閲覧。
  11. 真鍋真、對比地孝亘、ダニエル・L・ブリンクマン、ヒシグシャフ・ツォクバートルイ・ユンナム、小林快次、ツォクトバートル・チンゾリグ、田中康平、今井拓哉、ダーラ・ゼレニスキー、フランソワ・テリエン、グレゴリー・ファンストン、石垣忍、西村智弘、佐藤たまき小西卓哉、新村龍也、小原正顕、小松俊文、タイラー・R・ライソン、イアン・ミラー、フェルナンド・E・ノバス 著、坂田智佐子 編『恐竜博2019 THE DINOSAUR EXPO』NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社、2019年、146-147頁。
  12. Oldest T. rex Trix on view in Leiden (en ). VUB Today (2016年9月15日). 2019年4月11日閲覧。
  13. Carr, Thomas D. (2020-06-04). “A high-resolution growth series of Tyrannosaurus rex obtained from multiple lines of evidence”. PeerJ. doi:10.7717/peerj.9192. https://peerj.com/articles/9192/.
  14. Worlds biggest T. rex Discovered in Canada”. National Geographic. 2019年5月30日閲覧。
  15. Francis, Jennifer (2019年3月22日). Sask. T-rex Scotty is officially biggest ever discovered”. cbc.ca. 2020年12月22日閲覧。
  16. 史上最大の肉食恐竜が遂に登場!「恐竜博2016」に行ってみた。”. ナショナルジオグラフィック協会. pp. 4 (2016年). 2020年12月21日閲覧。
  17. カナダで発見のT・レックス、世界最大と判明 体重8800キロ超 (2019年3月23日). 2020年12月21日閲覧。
  18. 史上最大のティラノサウルス ゾウより重い約9トン”. ナショジオニュース. ナショナルジオグラフィック協会 (2019年4月22日). 2020年12月21日閲覧。
  19. Campione, Nicolás E.; Evans, David C.; Brown, Caleb M.; Carrano, Matthew T. (2014). “Body mass estimation in non-avian bipeds using a theoretical conversion to quadruped stylopodial proportions”. Methods in Ecology and Evolution 5 (9): 913–923. doi:10.1111/2041-210X.12226. https://doi.org/10.1111/2041-210X.12226.閲覧は自由
  20. Solly, Meilan. Meet Scotty, the Largest and Longest-Lived T. Rex Ever Found (英語). Smithsonian. 2019年4月11日閲覧。
  21. World's biggest T. rex discovered”. Science & Innovation (2019年3月26日). 2019年4月11日閲覧。
  22. Choi, Charles Q.. Mighty T. rex Killed by Lowly Parasite, Study Suggests”. Live Science. 2019年4月11日閲覧。
  23. 恐竜博2005”. 国立科学博物館. 2020年12月21日閲覧。
  24. 木村敦彦「北九州市立いのちのたび博物館「恐竜博2016」 進化の過程、7テーマで構成 貴重な赤ちゃんの化石」『毎日新聞』、2016年8月26日。2020年12月22日閲覧。
  25. 「恐竜博2016」大阪文化館・天保山で開催 - 史上最大の肉食恐竜スピノサウルス、驚きの生態を解明”. Fashion Press. 株式会社カーリン. 2020年12月21日閲覧。
  26. 道の駅むかわ四季の館『ティラノサウルス・レックス特別展』開催”. むかわ町穂別地球体験館公式ブログ (2017年9月14日). 2020年12月22日閲覧。
  27. 1769830339930124の投稿(2122086611371160) - Facebook
  28. 【開催中止】第6回特別展「恐竜展2020」”. 北海道博物館. 2021年1月7日閲覧。
  29. 【オンライン公開開催】北海道の恐竜化石7種、北海道博物館で一挙公開(総合博物館 小林快次 教授)”. 北海道大学 (2021年3月7日). 2021年6月3日閲覧。
  30. 【完全予約制】特別企画展「北海道の恐竜」”. 北海道博物館. 2021年3月12日閲覧。
  31. ジュラシック大恐竜展”. テレビ愛知. 2021年6月3日閲覧。
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