キチパチ

キチパチCitipati サンスクリット語で「火葬の王」の意味)は白亜紀後期に現在のモンゴルに生息していたオヴィラプトル科獣脚類恐竜の属である。化石はモンゴル、ゴビ砂漠にあるウハートルゴドのジャドフタ層で発見されている。巣の中で抱卵する姿の標本など、保存状態のよい骨格が多数知られており、最もよく知られたオヴィラプトル科の種の一つである。これらの営巣している標本は非鳥恐竜と鳥類の関係性を確固たるものにしている。日本語では音声転写での違いによりシチパチキティパティシティパティとも呼ばれる。

キチパチ
生息年代: 84–75 Ma
AMNHが所蔵する営巣するC. osmolskaeの標本、通称「Big Mamma」
地質時代
白亜紀後期
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜下綱 Archosauria
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
階級なし : オヴィラプトロサウルス類 Oviraptorosauria
: オヴィラプトル科 Oviraptoridae
亜科 : オヴィラプトル亜科 Oviraptorinae
: キチパチ Citipati
学名
Citipati
Clark, Norell & Barsbold, 2001

タイプ種Citipati osmolskae は2001年にJames M. Clark, マーク・ノレルおよびリンチェン・バルスボルドによって記載された。他に未記載の第二の種が存在する。しばしばオヴィラプトルと混同されることがある。

特徴

C. osmolskaeと未記載種Citipati sp.の頭部想像図 species

最大級の個体はエミューほどの大きさで、体長約3 mで、2007年にギガントラプトルが記載されるまでは最大のオヴィラプトロサウルス類であった。他のオヴィラプトロサウルス類と同様、他の獣脚類に比べ風変わりな長い首と短い尾を持っていた。頭骨は著しく短く、高度に含気化している(穴だらけの構造の骨)、吻の先は歯のないくちばしになっている。キチパチのおそらく最も独特の特徴は現在のヒクイドリのものによく似た高いとさかである。このとさかはタイプ種C. osmolskae では比較的低く、前方の縁がくちばしに対してほぼ直角である。対照的に、この属とされる未記載種(暫定的にC. sp.と標識される)ではより高く、前方の縁に目立った切り欠きがあり、側面が四角形になっている。

命名

チティパティ

キチパチという名はサンスクリット語で「火葬(のための焚き木)」を意味するcitiと「王」を意味するpatiから構成されている語「チティパティ」(चितिपति)に由来する。チベット仏教の民間伝承では、チティパティは深い瞑想的トランス状態の間、泥棒によって斬首された二人の僧侶だとされている。チティパティは炎に囲まれて踊る一組の骸骨の姿でよく描かれ、ゆえに美しく保存されたオヴィラプトル科の骨格の名に適用された。タイプ種C. osmolskaeは Clark et al.により命名され、種小名はオヴィラプトロサウルス類や他のモンゴルの獣脚類の広範に渡って注目すべき研究を行ってきた古生物学者ハルツカ・オスモルスカ献名されたものである[1]

分類

オヴィラプトルとの混同

最も有名なオヴィラプトルの復元の基になっている頭骨の標本GIN 100/42

オヴィラプトル属のタイプ標本の頭骨は保存状態がとても悪く潰れていたため、別のオヴィラプトル科の標本、IGM 100/42(GIN 100/42)の頭骨がオヴィラプトル属の典型的な外見とみなされるようになり、研究論文にもこの標本が Oviraptor philoceratops として掲載されている[2]。しかし、目立つ高いとさかを持つ化石種はオヴィラプトル属よりむしろキチパチ属の方に多くみられるため、この標本はキチパチ属の第二の種もしくはまったく新しい属かもしれず、さらなる研究が待たれている[1]。また、営巣するオヴィラプトル科の標本は注目をあつめたが、実際には後にキチパチ属に分類された。「オヴィラプトル科」までしか分類されないものも多いが、これがオヴィラプトル属であると勘違いされることもある。最初のオヴィラプトル属標本が巣の上で発見されたという事実も同様に問題をさらに混乱させている。現状、一般に普及しているオヴィラプトル属の描写は実際にはキチパチ属の描写であり、発見されているオヴィラプトル属の標本は断片的過ぎて、信頼できる復元図を得ることは出来ない。

系統

キチパチは上記のようにオヴィラプトロサウルス類の中でも特にオヴィラプトルに近い特徴を持っておりオヴィラプトル科オヴィラプトル亜科に分類される。

下記に示すクラドグラムはFanti et al., 2012の系統解析に基づきキチパチと近縁種の類縁関係を示したものである[3]

Chuniaoae

ヴェロキラプトル

オヴィラプトロサウルス類

アヴィミムス

オヴィラプトル科

「インゲニア亜科」

オヴィラプトル亜科

オヴィラプトル

unnamed

リンチェニア

キチパチ属

C. osmolskae

C. n.sp MPC-D 100/42


生態

営巣、卵、胚

Nesting specimen nicknamed 「Big Auntie」という愛称の営巣する標本

少なくとも4体の抱卵姿勢の標本が発見されており、最も有名な「Big Auntie」という愛称のついた標本は1995年に初めて報告され(しかしまだ命名されていなかった)[4]、1999年に記載され[5] 、2001年にキチパチ属に分類された[1]。全ての営巣標本は卵の上に位置し、四肢は巣の各側に対称に広げられ、前肢が巣の周囲を覆っていた。この抱卵姿勢は現在では鳥類のみに見られ、鳥類と獣脚類恐竜との行動上の結びつきを支持している[5]。またキチパチの営巣姿勢はキチパチや他のオヴィラプトル類の前肢には羽毛があったことという仮説を支持する。巣の外周に沿うように腕を広げているので、もしこの動物が羽毛で覆われていないのであれば卵のほとんどは体で覆われていないことになってしまう[6]

化石化した恐竜の卵は珍しいものの、キチパチなどのオヴィラプトル科の卵は一般的で、比較的よく発見されている。4体知られている営巣する標本の他に、ゴビ砂漠では多数の孤立したオヴィラプトル科の巣が数十個発見されている。キチパチの卵は細長い楕円形の形状(elongatoolithidという学名がつけられている)で質感と殻の構造が平胸類のものに似ている。キチパチの巣では一般的に卵が最大で三層の同心円状に並び、一腹の卵は全部で22個ほどだった[7]。卵は18cmで、同定されているオヴィラプトル科のものとしては最大である。対照的に、オヴィラプトルの卵は最大でも長さ14cmである[5]

胚の保存されたC. osmolskaeの卵

皮肉にも、オヴィラプトル科は卵に関連した名前が与えられた(「卵泥棒」の意味)最初のオヴィラプトル科の卵(オヴィラプトルの卵)は角竜類恐竜のプロトケラトプスの化石のすぐ近くで発見され、オヴィラプトルは角竜の卵を獲物にしていたと想定された[8]。この誤りは1993年にプロトケラトプスの卵のタイプ標本とされたものの中からキチパチの胚が発見されるまで修正されなかった[9]。 ノレルらはこの胚がオヴィラプトル科のものであることに気づき、キチパチのみに見つかっている特長である垂直に配向した前上顎骨(上顎の先端の骨)に基づいて2001年にキチパチ属に分類した。胚を含んでいた卵の化石は部分的に侵食されて3片に壊れており、元々の大きさを正確に推定することは困難であるものの、既知の多くのキチパチの卵より小さく13cmである[5]。胚を含む卵の化石は卵の殻の構造に関しては他のオヴィラプトル科のものと同じで、孤立した巣に円状に並んでいた[9]

ビロノサウルスByronosaurus)の非常に幼い個体や胚の頭骨が最初のキチパチの胚が発見された同じ巣に関連して発見された[10]。このとても小さなトロオドン類はキチパチに捕食されていた可能性がある。ノレルは幼体のトロオドン類がキチパチの巣に侵入したか、あるいは托卵するために大人のビロノサウルスが巣に卵を置いた可能性すらあるとした[9]

参照

  1. Clark, J.M., Norell, M.A., & Barsbold, R. (2001). "Two new oviraptorids (Theropoda:Oviraptorosauria), upper Cretaceous Djadokhta Formation, Ukhaa Tolgod, Mongolia." Journal of Vertebrate Paleontology 21(2):209-213., June 2001.
  2. Barsbold, R., Maryanska, T., and Osmolska, H. (1990). "Oviraptorosauria," in Weishampel, D.B., Dodson, P., and Osmolska, H. (eds.). The Dinosauria. Berkeley: University of California Press, pp. 249-258.
  3. Fanti F, Currie PJ, Badamgarav D (2012). "New Specimens of Nemegtomaia from the Baruungoyot and Nemegt Formations (Late Cretaceous) of Mongolia." PLoS ONE, 7(2): e31330. doi:10.1371/journal.pone.0031330
  4. Norell, M.A., Clark, J.M., Chiappe, L.M., and Dashzeveg, D. (1995). "A nesting dinosaur." Nature 378:774-776.
  5. Clark, J.M., Norell, M.A., & Chiappe, L.M. (1999). "An oviraptorid skeleton from the Late Cretaceous of Ukhaa Tolgod, Mongolia, preserved in an avianlike brooding position over an oviraptorid nest." American Museum Novitates, 3265: 36 pp., 15 figs.; (American Museum of Natural History) New York. (5.4.1999).
  6. Paul, G.S. (2002). Dinosaurs of the Air: The Evolution and Loss of Flight in Dinosaurs and Birds. Baltimore: Johns Hopkins University Press.
  7. Varricchio, D.J. (2000). "Reproduction and Parenting," in Paul, G.S. (ed.). The Scientific American Book of Dinosaurs. New York: St. Martin's Press, pp. 279-293.
  8. Osborn, H.F. (1924). "Three new Theropoda, Protoceratops zone, central Mongolia." American Museum Novitates, 144: 12 pp., 8 figs.; (American Museum of Natural History) New York. (11.7.1924).
  9. Norell, M. A., J. M. Clark, D. Dashzeveg, T. Barsbold, L. M. Chiappe, A. R. Davidson, M. C. McKenna, and M. J. Novacek (1994). "A theropod dinosaur embryo, and the affinities of the Flaming Cliffs Dinosaur eggs." Science 266: 779–782.
  10. Bever, G.S. and Norell, M.A. (2009). "The perinate skull of Byronosaurus (Troodontidae) with observations on the cranial ontogeny of paravian theropods." American Museum Novitates, 3657: 51 pp.

外部リンク

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