アッラーフは偉大なり
「アッラーフは偉大なり」(アッラーフはいだいなり、アラビア語: الله أكبر)は大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国の国歌である。
الله أكبر | |
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和訳例:アッラーフは偉大なり | |
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作詞 | Mahmoud El-Sherif(1955年) |
作曲 | Abdalla Shams El-Din(1978年) |
採用時期 | 1969年 |
採用終了 | 2011年 |
言語 | アラビア語 |
試聴 | |
الله أكبر |
元はエジプトの軍歌であったが、第二次中東戦争で広く知られるようになり、1969年に政権を掌握したムアンマル・アル=カッザーフィーが、アラブ諸国の統一を願い国歌として正式に採用した。しかし2011年リビア内戦でカッザーフィーが権力を失ったことにより、リビア国民評議会によって国歌はリビア王国時代の「リビア、リビア、リビア」に戻された。
歴史
エジプトの起源
「アッラーフは偉大なり」はもともとエジプト軍の行進曲で、スエズ危機の際にエジプトとシリアで人気を博した。歌詞はMahmoudEl-Sherifによって書かれ、音楽はAbdalla ShamsEl-Dinによって作曲された。この曲はアラブ世界で引き続き人気がある。
リビアでの使用
1969年9月1日、リビアの指導者ムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ)によって、リビア・アラブ共和国の国歌として採択され、アラブ世界を統一するという彼の希望を示した。「アッラーフは偉大なり」は、1951年の独立以来、リビア王国によって使用されていた国歌「リビア、リビア、リビア」に代わるものである。
1977年3月2日にリビア・アラブ共和国が大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国に移行したとき、「アッラーフは偉大なり」はリビアの国歌のままだった。しかし、1979年にエジプトとイスラエルとの間で平和条約を締結したことにより、リビアとエジプトが外交関係を断絶し、国歌のエジプトの起源はもはや公式の政府筋によって言及されなかった[1]。
2011年リビア内戦により、2011年にカダフィ政権が崩壊し、カダフィの死後、「リビア、リビア、リビア」が国民評議会によってリビアの新しい国歌として再び採用された。 カダフィの支持者たちは国歌を使い続けた。
歌詞
各節の2〜3行目は繰返す。
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ローマ字転写
UNGEGN式。
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日本語訳
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脚注
- nationalanthems.info. “Libya 1969-2011 - nationalanthems.info”. nationalanthems.info. 2012年1月30日閲覧。